武田薬品に新たな「贈収賄」疑惑
新薬拡販でばらまいた「黒い研究費」
2014年7月号公開
武田薬品工業の不祥事が止まらない。本誌二月号で詳報した降圧剤ブロプレスを用いた医師主導臨床研究(CASE-J)問題は、武田側が六月二十日、謝罪会見で組織的な関与を認めた。捜査当局は京都大学と武田による虚偽広告、贈収賄の疑いで調べを進めている。
そんな窮地の武田に、新たな臨床研究不正疑惑が浮上した。糖尿病治療薬ネシーナの臨床研究J-BRANDに重大な嫌疑がかけられているのだ。研究代表者は、門脇孝・東京大学大学院糖尿病・代謝内科教授。東大医学部附属病院院長、日本糖尿病学会理事長を務める大物だ。
「武田薬品が新薬ネシーナの売り上げを増やすため、医師主導臨床研究を隠れ蓑にカネで患者の囲いこみをはかった」。都内の内科開業医は、問題の核心をそう指摘する。
一症例で三万円の「小遣い」
ネシーナは二〇一〇年六月に発売された、DPP-4阻害剤に分類される薬だ。武田薬品は、発売十年後には、六百三十三億円の売り上げを見込んだ。一三年度の武田薬品の医療用医薬品の国内売り上げは約一兆六千九十一億円だから、有望な新薬だ。
DPP-4阻害剤の市場は、一一年約一千億円、一二年約一千六百億円、一三年約二千二百億円と急成長中だ。ただ、状況は甘くない。外資製薬の二社がDPP-4阻害剤を先行発売しており、武田は後塵を拝している。一三年度のネシーナの売り上げは約四百四億円で、首位のジャヌビア(MSD)の八百二十七億円には遠く及ばない。シェアは一五%だ。
ライバル企業を出し抜くために武田が考え出したのが、J-BRAND研究だ。表向きは医師主導研究と謳っており、件の門脇孝・研究代表者は「適正使用のためのエビデンスを得ることを目的として、本邦の日常診療に基づいたデータベースを構築し、得られたデータを解析することによって、DPP-4阻害剤単独または多剤併用時の安全性及び有効性に関わる情報を発信してまいります」と、研究目的を説明している。
だが、この説明を額面通り受け取る者は一人もいない。新薬の安全性の評価は、本来、製薬企業の仕事だ。製造販売後調査及び市販後調査を行い、副作用情報を収集することが厚労省から義務づけられている。医薬品開発の専門家でもない臨床医が、安全性情報を収集し、解析できるはずがない。
J-BRANDの問題点は、その規模の大きさだ。既に二万人もの患者の登録を終えている。かつて、厚労省で医薬品審査に従事した医師は「前代未聞の数字。そんなに大勢の患者を登録しないと解析できない希な副作用など、聞いたことがない」と言う。専門家から見れば、J-BRANDが研究の体をなしておらず、「別の目的」を有しているのは明白だという。
ちなみに、希な副作用が問題となるワクチンですら、市販後の臨床試験の規模は数千例にすぎない。
なぜ、医師たちはこんな研究をするのか。理由はカネだ。
J-BRANDでは、参加する医師が一症例を登録する度に、三万円が支払われる。「百例登録すれば、三百万円貰えます。ちょっとした副業」と語る内科医もいる。医師から見れば、「DPP-4阻害剤を処方する際にネシーナを選べば、小遣いにありつける」(別の内科医)ことになる。
そのカネの出所が武田薬品だ。このことは、研究側も隠してはいない。患者への同意・説明文書には「この臨床研究を行うために必要な費用は、武田薬品工業から提供されています」と明記されている。ただ、カネの出所を明示したからといって、「臨床試験の体裁をとった製薬企業の販促活動」(元厚労省の医師)を許していいはずはない。
そもそもこの臨床研究は、武田による、武田のためのお手盛り似非研究だ。J-BRANDのホームページは武田が作成したもの。製薬業界最強と言われる武田のMRたちは、患者登録を強力に推進する実動部隊として働いた。
その武田と、臨床研究を主導した門脇の間柄は、周囲の誰もが認めるベタベタの関係にあった。武田は例年、一千万円程度の奨学寄附金を門脇の医局に入れると同時に、「統合的分子代謝疾患科学」講座という寄附講座を設け、年間三千万円を寄附してきた。この講座のスタッフは門脇の部下たちだ。さらに一一年には、武田科学振興財団が武田医学賞(賞金一千五百万円)を門脇に与えている。
これらはあくまで表に出ているカネにすぎない。武田薬品は毎年四百億円程度の資金を医師や医療機関に提供している。この額は製薬業界で首位だ。このうち、寄附講座などに支払われる研究開発費などは二百六十五億円、奨学寄附金は二十一億円だ。注目すべきは、十五億六千万円にものぼる講演料や原稿執筆料だ。これが、門脇らの医学界の有力者の懐を潤す「実弾」となる。門脇クラスになると一回の講演料は二十万円程度といわれる。「講演とは名ばかりのものも多く、監修など名義貸しのようなものにも多額の対価が払われる」(東大医学部教授)。極めて不透明なカネのやりとりが恒常的に行われている。
長谷川追放に動く創業家
ちなみに、門脇の子どもは、私立大学医学部を卒業し、医師として診療に従事している。数千万円の授業料は、とても国立大学の教授が払える額ではない。
東大病院の教授たちの不祥事が相次ぐ中、そのトップである門脇が、最近も業界紙の製薬企業の広告に登場し、薬の宣伝に懸命なのは、ひとえに私的な事情のためである。医学界の重鎮たちを籠絡することなど、武田にとっては赤子の手をひねるようなものだろう。
世界のメガファーマが生き残りをかけてしのぎを削っている中で、こんな「談合」を繰り返していては、競争力を失うのも当然だ。武田薬品、アステラス、第一三共、エーザイの時価総額を合計(九・一兆円)しても、ノバルティス(二十二兆円)の半分にも及ばない。アベノミクスを主導する官邸スタッフは「国内製薬業界がこの体たらくでは、成長戦略になどなり得ない」とあきらめ顔だ。武田による贈収賄まがいの臨床研究不祥事は菅義偉官房長官にも報告が上がっており、今後は毎年の薬価改定などで武田を筆頭とする製薬企業の「利権」に切り込んでいくことが検討されている。度重なる新薬開発の失敗で、体力の落ちた武田の経営にはボディーブローのように効いてくるだろう。
武田の内部では、「泥船から逃げ出そうとする社員が続出中」(業界紙記者)だ。長谷川閑史社長の方針で、多数の外人幹部が登用されていることもあり、多くの生え抜き社員が見切りをつけ始めた。
長谷川に経営を禅譲した武田國男・前会長も、社内外の惨状に怒り心頭だという。社員の間では「(武田國男は)最近、武田株を買い始めた」との噂で持ちきりだ。その狙いは、長谷川および彼が連れてきた次期社長候補クリストフ・ウェバー氏の追放にあるとの見方がもっぱらだ。捜査当局の動向に加えて、お家騒動の行方からも目が離せない。(一部敬称略)
そんな窮地の武田に、新たな臨床研究不正疑惑が浮上した。糖尿病治療薬ネシーナの臨床研究J-BRANDに重大な嫌疑がかけられているのだ。研究代表者は、門脇孝・東京大学大学院糖尿病・代謝内科教授。東大医学部附属病院院長、日本糖尿病学会理事長を務める大物だ。
「武田薬品が新薬ネシーナの売り上げを増やすため、医師主導臨床研究を隠れ蓑にカネで患者の囲いこみをはかった」。都内の内科開業医は、問題の核心をそう指摘する。
一症例で三万円の「小遣い」
ネシーナは二〇一〇年六月に発売された、DPP-4阻害剤に分類される薬だ。武田薬品は、発売十年後には、六百三十三億円の売り上げを見込んだ。一三年度の武田薬品の医療用医薬品の国内売り上げは約一兆六千九十一億円だから、有望な新薬だ。
DPP-4阻害剤の市場は、一一年約一千億円、一二年約一千六百億円、一三年約二千二百億円と急成長中だ。ただ、状況は甘くない。外資製薬の二社がDPP-4阻害剤を先行発売しており、武田は後塵を拝している。一三年度のネシーナの売り上げは約四百四億円で、首位のジャヌビア(MSD)の八百二十七億円には遠く及ばない。シェアは一五%だ。
ライバル企業を出し抜くために武田が考え出したのが、J-BRAND研究だ。表向きは医師主導研究と謳っており、件の門脇孝・研究代表者は「適正使用のためのエビデンスを得ることを目的として、本邦の日常診療に基づいたデータベースを構築し、得られたデータを解析することによって、DPP-4阻害剤単独または多剤併用時の安全性及び有効性に関わる情報を発信してまいります」と、研究目的を説明している。
だが、この説明を額面通り受け取る者は一人もいない。新薬の安全性の評価は、本来、製薬企業の仕事だ。製造販売後調査及び市販後調査を行い、副作用情報を収集することが厚労省から義務づけられている。医薬品開発の専門家でもない臨床医が、安全性情報を収集し、解析できるはずがない。
J-BRANDの問題点は、その規模の大きさだ。既に二万人もの患者の登録を終えている。かつて、厚労省で医薬品審査に従事した医師は「前代未聞の数字。そんなに大勢の患者を登録しないと解析できない希な副作用など、聞いたことがない」と言う。専門家から見れば、J-BRANDが研究の体をなしておらず、「別の目的」を有しているのは明白だという。
ちなみに、希な副作用が問題となるワクチンですら、市販後の臨床試験の規模は数千例にすぎない。
なぜ、医師たちはこんな研究をするのか。理由はカネだ。
J-BRANDでは、参加する医師が一症例を登録する度に、三万円が支払われる。「百例登録すれば、三百万円貰えます。ちょっとした副業」と語る内科医もいる。医師から見れば、「DPP-4阻害剤を処方する際にネシーナを選べば、小遣いにありつける」(別の内科医)ことになる。
そのカネの出所が武田薬品だ。このことは、研究側も隠してはいない。患者への同意・説明文書には「この臨床研究を行うために必要な費用は、武田薬品工業から提供されています」と明記されている。ただ、カネの出所を明示したからといって、「臨床試験の体裁をとった製薬企業の販促活動」(元厚労省の医師)を許していいはずはない。
そもそもこの臨床研究は、武田による、武田のためのお手盛り似非研究だ。J-BRANDのホームページは武田が作成したもの。製薬業界最強と言われる武田のMRたちは、患者登録を強力に推進する実動部隊として働いた。
その武田と、臨床研究を主導した門脇の間柄は、周囲の誰もが認めるベタベタの関係にあった。武田は例年、一千万円程度の奨学寄附金を門脇の医局に入れると同時に、「統合的分子代謝疾患科学」講座という寄附講座を設け、年間三千万円を寄附してきた。この講座のスタッフは門脇の部下たちだ。さらに一一年には、武田科学振興財団が武田医学賞(賞金一千五百万円)を門脇に与えている。
これらはあくまで表に出ているカネにすぎない。武田薬品は毎年四百億円程度の資金を医師や医療機関に提供している。この額は製薬業界で首位だ。このうち、寄附講座などに支払われる研究開発費などは二百六十五億円、奨学寄附金は二十一億円だ。注目すべきは、十五億六千万円にものぼる講演料や原稿執筆料だ。これが、門脇らの医学界の有力者の懐を潤す「実弾」となる。門脇クラスになると一回の講演料は二十万円程度といわれる。「講演とは名ばかりのものも多く、監修など名義貸しのようなものにも多額の対価が払われる」(東大医学部教授)。極めて不透明なカネのやりとりが恒常的に行われている。
長谷川追放に動く創業家
ちなみに、門脇の子どもは、私立大学医学部を卒業し、医師として診療に従事している。数千万円の授業料は、とても国立大学の教授が払える額ではない。
東大病院の教授たちの不祥事が相次ぐ中、そのトップである門脇が、最近も業界紙の製薬企業の広告に登場し、薬の宣伝に懸命なのは、ひとえに私的な事情のためである。医学界の重鎮たちを籠絡することなど、武田にとっては赤子の手をひねるようなものだろう。
世界のメガファーマが生き残りをかけてしのぎを削っている中で、こんな「談合」を繰り返していては、競争力を失うのも当然だ。武田薬品、アステラス、第一三共、エーザイの時価総額を合計(九・一兆円)しても、ノバルティス(二十二兆円)の半分にも及ばない。アベノミクスを主導する官邸スタッフは「国内製薬業界がこの体たらくでは、成長戦略になどなり得ない」とあきらめ顔だ。武田による贈収賄まがいの臨床研究不祥事は菅義偉官房長官にも報告が上がっており、今後は毎年の薬価改定などで武田を筆頭とする製薬企業の「利権」に切り込んでいくことが検討されている。度重なる新薬開発の失敗で、体力の落ちた武田の経営にはボディーブローのように効いてくるだろう。
武田の内部では、「泥船から逃げ出そうとする社員が続出中」(業界紙記者)だ。長谷川閑史社長の方針で、多数の外人幹部が登用されていることもあり、多くの生え抜き社員が見切りをつけ始めた。
長谷川に経営を禅譲した武田國男・前会長も、社内外の惨状に怒り心頭だという。社員の間では「(武田國男は)最近、武田株を買い始めた」との噂で持ちきりだ。その狙いは、長谷川および彼が連れてきた次期社長候補クリストフ・ウェバー氏の追放にあるとの見方がもっぱらだ。捜査当局の動向に加えて、お家騒動の行方からも目が離せない。(一部敬称略)
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