そこに行くための交通手段はない。誰もが必ず自分の足で歩いて行かねばならず、それも往復で最低三泊四日。おそらく日本で最奥の場所のひとつだろう。 　北アルプスの秘境といわれる「雲ノ平」。南北約百五キロ、東西約三十キロという範囲を占める日本最大の山脈の中で、登山口からもっとも離れた場所にある岳人憧れの地だ。周囲はぐるりと高山に取り囲まれ、長く曲がりくねった登山道を延々と歩いていくと、やっとその姿を拝ませてくれる。 　だからこそ、辿り着いたときの達成感は何物にも替えがたい。到達にこそ苦労するが、一旦内部に入り込んでしまえば、周囲はすべて原始の大自然である。モノトーンの荒々しい岩肌を見せる三千メートル級の高山が目の前に聳え、緑色のハイマツのカーペットの隣には、高山植物の花畑。白い飛沫をあげる渓流にはイワナが銀鱗を光らせている。日本らしい山岳風景が傷つくことなく残された、まさに北アルプスの秘境だ。 多くの名山を一度に眺望 　雲ノ平は太古に流れ出した溶岩で構成される山中の台地だ。周囲は半円を描くように、日本一の激流として知られる黒部川によって削り取られ、標高二・・・