人材も存在価値もない「経団連」
老人の道楽になった「財界活動」
2014年2月号公開
「昭和は遠くなりにけり」。日本経済団体連合会(経団連)の新会長に東レの榊原定征会長が内定したというニュースにこう感想をもらした経済人がいた。戦後、経済民主化のかけ声とともに財閥が解体され、心棒を失った経済界をまとめるために生まれた経団連はまさに「昭和の財界」だった。規制と分配権をもって企業をコントロールしようする政界、経済産業省に対し、会長の見識と器をもって大企業をまとめ、経済界として主張する。そうした機能も力ももはや経団連には残っていない。榊原経団連は組織としての財界活動の幕引きとなるだろう。
御手洗と米倉「二代の罪」
米倉弘昌会長(住友化学会長)率いる経団連の迷走ぶりは最後の会長人事で一段と際だった。意中の会長候補だった坂根正弘前コマツ会長、川村隆日立製作所会長の二人に断られた挙げ句、両人ともに自らの現役職から退くことを決断し、米倉会長の未練を断った。米倉氏には話しても無駄だから、行動で示そうというわけだ。
経済界の多数が期待したのは、佐々木則夫東芝副会長だったが、自ら経団連会長になれなかった西田厚聰東芝会長の巧みな佐々木外しで道を塞がれた。最後には審議員会議長の渡文明JXホールディングス相談役という声もあがったほどの候補者難。ようやく榊原氏に決まった時はとにかく引き受け手がいてよかったという空気になった。これがかつて「財界総理」と呼ばれたポストのなれの果てなのである。
振り返れば、旧経団連と日経連が統合して発足した新生経団連の初代会長の奥田碩トヨタ自動車会長(当時)までは東芝、新日本製鐵、東京電力、トヨタ自動車と企業の格が人選の最大のポイントだった。経済界ににらみをきかすには、社格に加え、購買を通じた影響力も欠かせなかったからだ。
それは購買力を笠に着て、力をふるうという意味ではない。モノを買うという立場になれば幅広い企業、人と付き合いが生まれ、どこの業界でこんなことが起きている、あの業界にはこんな課題がある、といった具合に情報が集まるからだ。経済全体への目配りが自然と身につく。
一方、全国にネットワークを持ち、グループ会社、取引先の多い大手企業は政治家の選挙では集票マシーンになり、政治家も一目置かざるを得ない。政治家と本音の付き合いができるようになる。それを通じて政治への影響力と情報網ができるのだ。
御手洗冨士夫キヤノン会長以降の経団連会長はまるで経済界に活断層が走ったように、小粒でにらみがきかない人ばかりになった。出身企業の規模が小さかっただけでなく、取引の範囲も狭く、経済界全体を俯瞰する視点を持てなかったからだろう。政治家との不即不離の付き合い方も不器用なものだった。
御手洗氏が経団連会長時代にしばしば語っていたのは「キヤノンには銀座や赤坂で夜遅くまで飲んでいる役員はいない。僕が朝七時に出社しているから、みんな朝が早いんだ。キヤノンの朝会に出てから大手町の経団連に来ても九時すぎには着いている」。キヤノンという会社の規律と清廉さは十分に窺えるが、経済人や政治家、学者などとの交流が薄いことを自らさらけ出してしまっている。これでは生きた情報も集まらず、十全な財界活動もできるはずはない。
自分の会社の利益極大化にばかり血道をあげてきた人が、ある日、経団連会長になって天下国家のことを考えろと言われても無理な話だろう。奥田会長はそれができたおそらく最後の会長ではないか。
御手洗、米倉の二代の会長は視野と見識からいって、せいぜい精密機械工業会や化学工業協会の会長にすぎなかった。御手洗氏が経団連会長を辞した後、いったんキヤノン社長に戻ったのは社内事情とはいえ、所詮、自分の会社の利益を増やすことしかできない人物だったことを象徴している。
自民党の風下に立つ経済界
さて榊原氏はどうか? 経済界では知名度は低い。前田勝之助という希代の経営者が直近にいたため、霞んだというハンディキャップはあるが、手堅い技術屋で、社長よりも研究所長タイプという定評だ。前任者からみれば、手なずけやすい、自分を陵駕することの決してない、最良の後継者といえる。
知名度が低い以上、経済界のなかですら押さえがきかないだろう。東レそのものはエクセレントカンパニーといってもいい企業だが、売り上げ規模は一兆六千億円とキヤノンの半分以下。購買力で経済界をだまらせることなど不可能だ。炭素繊維で世界のトップといってもそもそも化学業界、繊維業界は国内では衰退産業だ。
唯一の救いは三井グループの一員という点だが、これもグループ内に三井化学があり、さらに三井グループの化学品販売部門といっていい三井物産がある。かつて三井石油化学工業と三井東圧化学が合併して三井化学が誕生する際に三井グループ内には東レを巻き込んだ「大三井化学」構想があった。だが、東レは三井石化などを格下会社とみて、参加を断った経緯がある。三井化学や三井物産には何を今さら東レをもり立ててやる必要があるのか、という心理がある。
米倉経団連は環太平洋経済連携協定(TPP)でひたすら呪文のように自由化だけを言い続け、農協や日本医師会などと対立を続けた。TPP交渉自体は暗礁に乗り上げている。近いうちに妥結し、日本が参加する可能性は薄いだろう。だが、協議の過程で必要なのは財界の説得力、影響力で、国内の反対論を説き伏せていくことだ。
アベノミクスについても米倉会長が「黒田日銀」の金融緩和を「暴走」と批判したこともあって、政界とは没交渉。歴代会長がメンバーとなっていた経済財政諮問会議にも米倉氏は招かれなかった。榊原新会長を官邸はどう評価するか、政治との関係修復とばかりに官邸のお気に入りを目指せば、間違いなく経済界は自民党の風下に立つことになり、無理難題を今後押しつけられることになるだろう。
日本商工会議所の三村明夫次期会頭(新日鐵住金相談役)と比べた時、見識、発言力ともに榊原氏は到底及ばないだろう。経済同友会の次期代表幹事はまだみえないものの、三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長がなる目もある。そうなれば、誰の目にも経団連の存在感は薄れる。経団連の地盤沈下は経済界そのものの政界、官界への影響力低下につながる。
TPP、地球温暖化対策、消費税増税、法人税切り下げ、金融緩和の出口問題など経済界が明確なメッセージを発し、政治を動かさなければならない問題はあまりに多い。このままいけば、日本は財界総理空位時代となるだろう。
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