本に遇う 連載 168
ハンナ・アーレントの義
河谷 史夫
2013年12月号
二〇一三年十一月、東京。
神保町に映画『ハンナ・アーレント』を見に行く。開場前に行列。多くは若き日、アーレントを読んだとおぼしき初老の人たち。
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一九六〇年五月、ブエノスアイレス郊外。
夜、バスが一人の男を降ろし、闇の中へ消えて行く。男は懐中電灯を点け、鞄を手に歩き出す。
突然、幌つきのトラックが近づき、降り立った二人がその男を捕らえ、荷台に押し込む。一瞬、男が叫ぶ。路上に、点けっぱなしの懐中電灯が転がっている……。
幕開け、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンをイスラエル諜報機関が拉致するシーンに、ほとんど満席の館内が息を呑む。
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アーレントは一九〇六年、ドイツ・ハノーヴァーでユダヤ人家庭に生まれた。ヒトラーの出現により亡命を余儀なくされ、フランスを経てアメリカへ渡った。戦後、独自の政治理論家となる。哲学と神学を学んだドイツでの学生時代、ヤスパースとハイデガーに教わり、ハイデガーとは師弟の線を超えて恋愛関係にあった。
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