復活遂げた悪名高き「スーパー堤防」
無駄な公共事業が総額10兆円も
2013年11月号公開
疲弊する地方の建設業界の救世主として、「国土強靭化」事業が進む昨今、その余波は東京の中心部にまで及んでいる。民主党政権時代に無駄な公共事業の象徴として事業仕分けに追い込まれた、あの悪名高き「スーパー堤防」整備事業が、またぞろ復活を遂げているのだ。江戸川区北小岩一丁目地区では、江戸川沿いの片側全長わずか百二十メートルに約四十三億円もの巨費を投じる計画だという。
転機は、昨年十二月の衆議院選挙で自由民主党が公約に準ずる政策集「Jファイル」に、「スーパー堤防は、地元の意見を踏まえながら建設の促進を図る」と記載したことにあるだろう。選挙での圧勝を受けて、安倍政権は二〇一二年度補正予算と一三年度本予算だけで、全国のスーパー堤防整備計画に四十二億円の予算をつけた。息絶えたかに見えたゾンビ事業が安倍晋三首相の政権復帰とともに蘇ったわけだ。
完成予定は遥か三百年後
しかし、この「無駄」な公共事業の実態が変わったわけではない。現在でも、長大な整備計画が完成して初めて機能するスーパー堤防の「防災効果」には、防災専門家からも疑問の声が強い。むしろ近年、大河川の氾濫以上に問題視される、支流の小河川などが氾濫する「内水氾濫」や、決壊が懸念される脆弱箇所への対応を優先すべきなど、「費用対効果」の観点から反論は根強い。
二〇一〇年の「事業仕分け」では、全国で計画されていた総延長八百七十三キロのうち、整備(着工)区間はわずか五%強の五十キロであるにもかかわらず、すでに約七千億円もの予算が投じられていた実態が明るみに出たのは記憶に新しい。これを基準に計画を算定しなおすと、総工費は十二兆円に達し、しかも完成は四百年後との試算が出た。スーパー堤防事業が「無駄」と断罪された理由だ。そればかりか、その後の会計検査院の調査では、総事業費は最大で六十六兆円にまで膨らむとの新たな試算もある。
しかし、それでも諦めない国土交通省は、一一年二月に「御用委員」で固めた有識者会議「高規格堤防(スーパー堤防)の見直しに関する検討会」を発足させ、東日本大震災後の防災意識の高まりに乗じ、一一年末には「必要」と結論づける意見書の提出にこぎつけた。事業対象区間を当初の七分の一、百二十キロに絞ったが、それでも総事業費十兆円、完成予定は遥か三百年後と予想される。
整備計画が進む北小岩の建設予定地を近隣の高層ビルから見下ろすと、その計画の遠大さがよくわかる。緩やかに蛇行する江戸川流域には、すでに完成しているスーパー堤防の一部が、また遥か先に一部分が点在している。これが連結して堤防としての意味をなすまでには、気の遠くなるような時間と巨費を要するのは一目瞭然だ。
緩やかで幅広の平面部もあるスーパー堤防は、堤防を乗り越える「越流」が起きても「破堤」には至らず、通常の堤防を遥かに超える強靭性を有すると国交省は強弁する。しかも、平面部には高層マンションなどを建てることができ、地価上昇効果も併せ持つとの折り紙付きだ。
実際、周辺の一部が完成したスーパー堤防計画を見ると、地価上昇が期待できる「街づくり事業」と一体化したものが少なくない。荒川右岸の「新田地区」では「住宅市街地整備総合支援事業」(事業者=都市再生機構)が同時並行で走り、同じく荒川の「小台地区」は「中高層共同住宅建築事業」(都住宅供給公社など)が連動した。
今回の北小岩の事業も同様に、周辺の低層住宅地区を撤去する「区画整理事業」と一体化しており、予定地対岸にはすでに完成した「市川南スーパー堤防」の上に三井不動産などによる高層分譲マンションが建っている。しかも、着工を急ぐ江戸川区は十二月にも住民の移住命令を強行する構えで、これに猛反発した地域住民が事業取り消しを求めて区を提訴する事態に発展、現在東京地裁で係争中である。住民側の陳述書には、そもそも「(過去五十年間で)この地域は浸水被害に一度もあったことがない」「理解できない計画のために自分たちの生活が取り上げられる」との怒りが綴られ、十月十六日の第十回口頭弁論では、立ち退きを正当化するほどの必要性はないという原告の主張に、区が沈黙する場面もあった。地元関係者は「区画整理事業に国費を投じてくれるのだから乗らない手はないというのが区の本音。スーパー堤防の必要性をまともに主張できないのは当然」と話す。
かき消される真っ当な見直し論
防災・減災を錦の御旗に全国でスーパー堤防事業を進めたい国交省(地方整備局)はもちろん、事業を誘致したい自治体、利益誘導の実績をあげたい政治家らが、「税金の無駄」を口にすることはない。
二階俊博・国土強靭化総合調査会会長ら自民党担当議員は六月、スーパー堤防推進派でかつての同僚であった元保守党衆院議員の西川太一郎・荒川区長と面談した。その際、「首都直下地震対策特別措置法」の制定の要請を受けたが、この地震対策の中には「スーパー堤防の早期整備の推進」が盛り込まれていた。自民党と荒川区で二人三脚を組み、スーパー堤防を進めようという算段だ。
こうした動きに連立を組む公明党も同調している。多田正見・江戸川区長は二月十二日、太田昭宏・国交大臣に「高規格堤防整備事業の早期事業化を求める要請書」を手渡しているが、同席したのは公明党の高木陽介衆院議員(比例東京)と江戸川区議二人。地元住民の一人は、「区議・衆院議員・国交大臣の“公明党ライン”もスーパー堤防を見直すどころか、計画進捗を実績としてアピールする立場だ」と疑念を寄せる。
かき消されるのは、真っ当な見直し論だ。国交省の審議会「利根川・江戸川有識者会議」において、関良基委員(拓殖大学准教授)はかつて、スーパー堤防についてこう質した。
「江戸川で二十二キロのスーパー堤防を作るには一兆円以上かかる。河川整備計画との整合性は全くない。限られた予算を最大限有効に使う手法を選ぶべきだ」
八ッ場ダム建設の是非が世間の注目を集める中、下流の利根川、江戸川水系を含めた一体的な治水事業の在り方を議論したこの会議では、事前に国交省側が今後三十年にわたる同水系の河川整備計画として八千六百億円という事業予算を試算していた。にもかかわらず、江戸川の局所的なスーパー堤防事業だけで一兆円超を投じるという、あまりにばかけた事業計画に関准教授が切り込んだわけだ。しかし国交省の役人は「予算について話し合う場ではない」と議論を強引に打ち切った。
息を吹き返したスーパー堤防事業は、一三年度予算だけでも全国で五事業に予算付けがされた。公共事業見直し派が再び盛り返し、計画中止に持ち込む可能性はもはやないのだろうか。
転機は、昨年十二月の衆議院選挙で自由民主党が公約に準ずる政策集「Jファイル」に、「スーパー堤防は、地元の意見を踏まえながら建設の促進を図る」と記載したことにあるだろう。選挙での圧勝を受けて、安倍政権は二〇一二年度補正予算と一三年度本予算だけで、全国のスーパー堤防整備計画に四十二億円の予算をつけた。息絶えたかに見えたゾンビ事業が安倍晋三首相の政権復帰とともに蘇ったわけだ。
完成予定は遥か三百年後
しかし、この「無駄」な公共事業の実態が変わったわけではない。現在でも、長大な整備計画が完成して初めて機能するスーパー堤防の「防災効果」には、防災専門家からも疑問の声が強い。むしろ近年、大河川の氾濫以上に問題視される、支流の小河川などが氾濫する「内水氾濫」や、決壊が懸念される脆弱箇所への対応を優先すべきなど、「費用対効果」の観点から反論は根強い。
二〇一〇年の「事業仕分け」では、全国で計画されていた総延長八百七十三キロのうち、整備(着工)区間はわずか五%強の五十キロであるにもかかわらず、すでに約七千億円もの予算が投じられていた実態が明るみに出たのは記憶に新しい。これを基準に計画を算定しなおすと、総工費は十二兆円に達し、しかも完成は四百年後との試算が出た。スーパー堤防事業が「無駄」と断罪された理由だ。そればかりか、その後の会計検査院の調査では、総事業費は最大で六十六兆円にまで膨らむとの新たな試算もある。
しかし、それでも諦めない国土交通省は、一一年二月に「御用委員」で固めた有識者会議「高規格堤防(スーパー堤防)の見直しに関する検討会」を発足させ、東日本大震災後の防災意識の高まりに乗じ、一一年末には「必要」と結論づける意見書の提出にこぎつけた。事業対象区間を当初の七分の一、百二十キロに絞ったが、それでも総事業費十兆円、完成予定は遥か三百年後と予想される。
整備計画が進む北小岩の建設予定地を近隣の高層ビルから見下ろすと、その計画の遠大さがよくわかる。緩やかに蛇行する江戸川流域には、すでに完成しているスーパー堤防の一部が、また遥か先に一部分が点在している。これが連結して堤防としての意味をなすまでには、気の遠くなるような時間と巨費を要するのは一目瞭然だ。
緩やかで幅広の平面部もあるスーパー堤防は、堤防を乗り越える「越流」が起きても「破堤」には至らず、通常の堤防を遥かに超える強靭性を有すると国交省は強弁する。しかも、平面部には高層マンションなどを建てることができ、地価上昇効果も併せ持つとの折り紙付きだ。
実際、周辺の一部が完成したスーパー堤防計画を見ると、地価上昇が期待できる「街づくり事業」と一体化したものが少なくない。荒川右岸の「新田地区」では「住宅市街地整備総合支援事業」(事業者=都市再生機構)が同時並行で走り、同じく荒川の「小台地区」は「中高層共同住宅建築事業」(都住宅供給公社など)が連動した。
今回の北小岩の事業も同様に、周辺の低層住宅地区を撤去する「区画整理事業」と一体化しており、予定地対岸にはすでに完成した「市川南スーパー堤防」の上に三井不動産などによる高層分譲マンションが建っている。しかも、着工を急ぐ江戸川区は十二月にも住民の移住命令を強行する構えで、これに猛反発した地域住民が事業取り消しを求めて区を提訴する事態に発展、現在東京地裁で係争中である。住民側の陳述書には、そもそも「(過去五十年間で)この地域は浸水被害に一度もあったことがない」「理解できない計画のために自分たちの生活が取り上げられる」との怒りが綴られ、十月十六日の第十回口頭弁論では、立ち退きを正当化するほどの必要性はないという原告の主張に、区が沈黙する場面もあった。地元関係者は「区画整理事業に国費を投じてくれるのだから乗らない手はないというのが区の本音。スーパー堤防の必要性をまともに主張できないのは当然」と話す。
かき消される真っ当な見直し論
防災・減災を錦の御旗に全国でスーパー堤防事業を進めたい国交省(地方整備局)はもちろん、事業を誘致したい自治体、利益誘導の実績をあげたい政治家らが、「税金の無駄」を口にすることはない。
二階俊博・国土強靭化総合調査会会長ら自民党担当議員は六月、スーパー堤防推進派でかつての同僚であった元保守党衆院議員の西川太一郎・荒川区長と面談した。その際、「首都直下地震対策特別措置法」の制定の要請を受けたが、この地震対策の中には「スーパー堤防の早期整備の推進」が盛り込まれていた。自民党と荒川区で二人三脚を組み、スーパー堤防を進めようという算段だ。
こうした動きに連立を組む公明党も同調している。多田正見・江戸川区長は二月十二日、太田昭宏・国交大臣に「高規格堤防整備事業の早期事業化を求める要請書」を手渡しているが、同席したのは公明党の高木陽介衆院議員(比例東京)と江戸川区議二人。地元住民の一人は、「区議・衆院議員・国交大臣の“公明党ライン”もスーパー堤防を見直すどころか、計画進捗を実績としてアピールする立場だ」と疑念を寄せる。
かき消されるのは、真っ当な見直し論だ。国交省の審議会「利根川・江戸川有識者会議」において、関良基委員(拓殖大学准教授)はかつて、スーパー堤防についてこう質した。
「江戸川で二十二キロのスーパー堤防を作るには一兆円以上かかる。河川整備計画との整合性は全くない。限られた予算を最大限有効に使う手法を選ぶべきだ」
八ッ場ダム建設の是非が世間の注目を集める中、下流の利根川、江戸川水系を含めた一体的な治水事業の在り方を議論したこの会議では、事前に国交省側が今後三十年にわたる同水系の河川整備計画として八千六百億円という事業予算を試算していた。にもかかわらず、江戸川の局所的なスーパー堤防事業だけで一兆円超を投じるという、あまりにばかけた事業計画に関准教授が切り込んだわけだ。しかし国交省の役人は「予算について話し合う場ではない」と議論を強引に打ち切った。
息を吹き返したスーパー堤防事業は、一三年度予算だけでも全国で五事業に予算付けがされた。公共事業見直し派が再び盛り返し、計画中止に持ち込む可能性はもはやないのだろうか。
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