本に遇う 連載165
山本周五郎の二枚舌
河谷史夫
2013年9月号
酷暑に昔の人は「暑い事枕ひとつを持ち歩き」で処したというが、わたしはこの夏、分厚い『周五郎伝』を持ち歩き、時に枕に用いた。
一九〇三年六月、山梨県初狩村に生まれた山本周五郎は、六七年二月、横浜で没した。六十三歳の生涯に「三十八巻の全集と全集未収録作品集十七巻に収められるだけの小説」を残した。
貧苦の育ちのなか、小説家を志す。「読書、なかんずく小説を読む喜びは、もうひとつの人生を経験することができる、という点にある」と言い、倦まず弛まず、「喜び」の元をひとつ、もうひとつと作っていった。描いた人の生き方と死に様は幾百幾千を数える。
読む者に、ある時は勇気を与え、ある時は慰藉を用意し、ある時は断念を促し、またある時は覚悟を強いた。そのことにおいて、稀代の作家であった。誰もが山本周五郎との邂逅を懐かしく思い、有意義だったと回想している。わたしもずいぶん世話になった。
『黒船前夜』の渡辺京二は「周五郎の小説を読みふけったのは、自分がもっとも苦しい時期であった」という。生きるのに「もっとも苦しい時期」に・・・
一九〇三年六月、山梨県初狩村に生まれた山本周五郎は、六七年二月、横浜で没した。六十三歳の生涯に「三十八巻の全集と全集未収録作品集十七巻に収められるだけの小説」を残した。
貧苦の育ちのなか、小説家を志す。「読書、なかんずく小説を読む喜びは、もうひとつの人生を経験することができる、という点にある」と言い、倦まず弛まず、「喜び」の元をひとつ、もうひとつと作っていった。描いた人の生き方と死に様は幾百幾千を数える。
読む者に、ある時は勇気を与え、ある時は慰藉を用意し、ある時は断念を促し、またある時は覚悟を強いた。そのことにおいて、稀代の作家であった。誰もが山本周五郎との邂逅を懐かしく思い、有意義だったと回想している。わたしもずいぶん世話になった。
『黒船前夜』の渡辺京二は「周五郎の小説を読みふけったのは、自分がもっとも苦しい時期であった」という。生きるのに「もっとも苦しい時期」に・・・