住友化学「人道ビジネス」の正体
アフリカを汚染する危険な「農薬蚊帳」
2013年7月号公開
六月初めに横浜市で開かれた第五回アフリカ開発会議は、住友化学が独自に開発したマラリア予防用の農薬蚊帳(オリセットネット)を宣伝する格好の機会になった。同社はオリセットを、関連イベントの「アフリカン・フェア」や「ラン・フォー・アフリカ」というリレーマラソンの会場に展示し、社会貢献活動の柱にしているアフリカ支援をPRした。
同社がオリセットネットの宣伝に力を入れるのには理由がある。この蚊帳は練り込んである殺虫剤でマラリアを媒介する蚊を殺す仕組みだが、販売が思惑ほど伸びていない。そのうえ効果と安全性に疑惑の目が向けられているのだ。アフリカに危険な農薬をばらまく似非人道ビジネスに、非難の声が高まるのは必至だ。
世界保健機関(WHO)から農薬蚊帳として世界初の推奨を受け、いま世界第二のシェアをもつオリセットネットは、消費者に販売されるのはごくわずかだ。大部分はWHOやユニセフに買い上げてもらい、アフリカなどの住民に無償で配布されている。
住化は危険性を十分に承知
ところが、リーマン・ショック後の世界不況の影響で、先進国から国際機関への資金拠出は減少傾向にある。主要国は財政削減を迫られ、マラリア対策どころではなくなっている。
たとえば世界のマラリア対策費の三分の二をまかなう「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(世界基金)の場合、最大拠出国アメリカが二〇一〇年をピークに拠出額を減らしている。有力な拠出国である日本の予算でも、拠出額は一一年度の百五十九億円から一三年度は百億円に減らしている。
このため世界基金に十分な資金が集まらない。一一~一三年度は本来なら百二十億ドル分の事業展開をする予定だったのに百億ドル分にとどめる計画。国連の潘基文事務総長は今年の世界マラリアデー(四月二十五日)に「農薬蚊帳の配布が滞り始めている。世界基金の補充を最優先してほしい」と異例の呼びかけをしたほどだ。
WHOなどは農薬蚊帳の配布と殺虫剤の室内噴霧という予防策を柱とするマラリア撲滅の国際戦略を進めており、〇八年には「サハラ砂漠以南のアフリカ諸国で住民二人に一張りを配布する」方針を決めた。これを受けて住友化学はオリセットネットの年産能力を六千万張りに拡大していた。
ところが、世界の農薬蚊帳の配布総数は一〇年に一億四千五百万張りに達したあと減少に転じ、昨年は六千六百万張りに減ってしまった。住友化学としてはとんだ誤算である。
農薬蚊帳はまた、効果と安全性への疑問の高まりという難題も抱えている。
まず殺虫剤(ピレスロイド系のペルメトリン)に抵抗性(耐性)をもつ蚊が多くの国で発生している。耐性蚊の増加は数年前から指摘され、WHOも頭を悩ましていたが今年三月に公表されたザンジバルでの調査結果は決定的なものだった。
ザンジバルでは〇六年からオリセットネットの配布と殺虫剤の室内噴霧を大々的に実施した。当初はマラリアの患者・死亡者が大幅に減少し、マラリア対策の優等生と評価されていた。
ところが一〇~一一年にザンジバル当局が調査したところ、蚊帳や噴霧に使われる殺虫剤に蚊が耐性を強め、効かなくなった。しかも、五年は使えるとされたオリセットネットの三分の二が破損しており、三年ももたないことが判明した。資金面などで恵まれているザンジバルでさえも「現行の殺虫剤依存の対策では、マラリア撲滅は困難」というのが結論である。
「ピレスロイド系殺虫剤は人体に最も害が少ない農薬」という住友化学の説明が強く疑問視されていることは、本誌昨年八月号の「企業研究・住友化学」で紹介した。たとえば、妊娠したマウスにペルメトリンを投与したところ、子マウスの脳血管の発達が異常になり、生後の知的能力と運動能力に障害が出ることがあるとの研究結果が発表されている。
子どもたちをマラリアから守るための農薬蚊帳が、実はその健康を脅かしている可能性が極めて高いという恐ろしい話だ。
こうした批判を住友化学は「安全性は確保されている」(水野達男・前ベクターコントロール事業部長)とかわしているが、WHOも住友化学も農薬蚊帳の危険性を十分に承知していることを示す内部文書が昨秋、明らかになった。
農薬蚊帳の袋や梱包材の廃棄に関するこのWHO文書は「袋などには農薬が付着していて人体や環境を汚染する可能性があるので、厳重に処分する必要がある」とし、袋の再利用の禁止や高温焼却炉での処理などを求め、廃棄する作業員は防護用具を装着するよう指示している。
袋でさえ危険であるなら、農薬蚊帳自体はどうなのか。農薬蚊帳を妊婦や子どもが身近で毎晩使って本当に安全性に問題はないのか。そうした疑問にWHOも住友化学も、一切答えない。
以上のような実態を踏まえて関係者からは、WHOなどによる国際戦略の抜本的転換を求める声が出始めている。農薬を使わない普通蚊帳の普及、蚊の発生そのものを抑える環境整備、子どもたちの栄養改善など、地元民に真に役立つ内容にすべきとの意見だ。
前部長が出向した疑惑のNPO
オリセットネットが直面する苦境をどう打開するか。住友化学の対策の一つが、今年二月の「マラリア・ノーモア・ジャパン」というNPO法人の設立だ。マラリアの脅威を国民に理解してもらい、マラリア対策の強化を政府に働きかけることを主な目的にしている。
さっそく連休中に川崎市の商業施設で、ギニア出身のタレントらによるイベントを開いた。訴えたのは「アフリカなどの途上国ではマラリアで一分ごとに子どもが一人亡くなっているが、農薬蚊帳の普及で死者は一〇年間で二五%以上減っている。温かいご支援を」というきれいごとだった。
このNPOを、マスメディアも擁護。朝日新聞は住友化学からNPO専務理事に出向した水野前事業部長を「ひと」欄で紹介するなどして持ち上げている。しかし水野氏の素性を見れば、「オリセットネット売り込みの先兵」にすぎないのは誰の目にも明らかだ。NPO設立に当たって出資したのは住友化学と、オリセットネットの原料の提供企業であるエクソンモービル・ジャパンの二社だけだから、何をかいわんやだ。
農薬蚊帳をめぐる「不都合な真実」には素知らぬ顔で、子会社にも等しい非営利法人を使って自社製品の購入につながる資金集めのキャンペーンを始めた住友化学。
アフリカの環境破壊も、子どもたちの健康被害も一顧だにしない、私利私欲の塊のような三流企業が、そもそも経団連会長社にふさわしくなかったのは、いまや自明のこと。
米倉弘昌会長の倫理なき経営が、日本を貶めていく。
同社がオリセットネットの宣伝に力を入れるのには理由がある。この蚊帳は練り込んである殺虫剤でマラリアを媒介する蚊を殺す仕組みだが、販売が思惑ほど伸びていない。そのうえ効果と安全性に疑惑の目が向けられているのだ。アフリカに危険な農薬をばらまく似非人道ビジネスに、非難の声が高まるのは必至だ。
世界保健機関(WHO)から農薬蚊帳として世界初の推奨を受け、いま世界第二のシェアをもつオリセットネットは、消費者に販売されるのはごくわずかだ。大部分はWHOやユニセフに買い上げてもらい、アフリカなどの住民に無償で配布されている。
住化は危険性を十分に承知
ところが、リーマン・ショック後の世界不況の影響で、先進国から国際機関への資金拠出は減少傾向にある。主要国は財政削減を迫られ、マラリア対策どころではなくなっている。
たとえば世界のマラリア対策費の三分の二をまかなう「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(世界基金)の場合、最大拠出国アメリカが二〇一〇年をピークに拠出額を減らしている。有力な拠出国である日本の予算でも、拠出額は一一年度の百五十九億円から一三年度は百億円に減らしている。
このため世界基金に十分な資金が集まらない。一一~一三年度は本来なら百二十億ドル分の事業展開をする予定だったのに百億ドル分にとどめる計画。国連の潘基文事務総長は今年の世界マラリアデー(四月二十五日)に「農薬蚊帳の配布が滞り始めている。世界基金の補充を最優先してほしい」と異例の呼びかけをしたほどだ。
WHOなどは農薬蚊帳の配布と殺虫剤の室内噴霧という予防策を柱とするマラリア撲滅の国際戦略を進めており、〇八年には「サハラ砂漠以南のアフリカ諸国で住民二人に一張りを配布する」方針を決めた。これを受けて住友化学はオリセットネットの年産能力を六千万張りに拡大していた。
ところが、世界の農薬蚊帳の配布総数は一〇年に一億四千五百万張りに達したあと減少に転じ、昨年は六千六百万張りに減ってしまった。住友化学としてはとんだ誤算である。
農薬蚊帳はまた、効果と安全性への疑問の高まりという難題も抱えている。
まず殺虫剤(ピレスロイド系のペルメトリン)に抵抗性(耐性)をもつ蚊が多くの国で発生している。耐性蚊の増加は数年前から指摘され、WHOも頭を悩ましていたが今年三月に公表されたザンジバルでの調査結果は決定的なものだった。
ザンジバルでは〇六年からオリセットネットの配布と殺虫剤の室内噴霧を大々的に実施した。当初はマラリアの患者・死亡者が大幅に減少し、マラリア対策の優等生と評価されていた。
ところが一〇~一一年にザンジバル当局が調査したところ、蚊帳や噴霧に使われる殺虫剤に蚊が耐性を強め、効かなくなった。しかも、五年は使えるとされたオリセットネットの三分の二が破損しており、三年ももたないことが判明した。資金面などで恵まれているザンジバルでさえも「現行の殺虫剤依存の対策では、マラリア撲滅は困難」というのが結論である。
「ピレスロイド系殺虫剤は人体に最も害が少ない農薬」という住友化学の説明が強く疑問視されていることは、本誌昨年八月号の「企業研究・住友化学」で紹介した。たとえば、妊娠したマウスにペルメトリンを投与したところ、子マウスの脳血管の発達が異常になり、生後の知的能力と運動能力に障害が出ることがあるとの研究結果が発表されている。
子どもたちをマラリアから守るための農薬蚊帳が、実はその健康を脅かしている可能性が極めて高いという恐ろしい話だ。
こうした批判を住友化学は「安全性は確保されている」(水野達男・前ベクターコントロール事業部長)とかわしているが、WHOも住友化学も農薬蚊帳の危険性を十分に承知していることを示す内部文書が昨秋、明らかになった。
農薬蚊帳の袋や梱包材の廃棄に関するこのWHO文書は「袋などには農薬が付着していて人体や環境を汚染する可能性があるので、厳重に処分する必要がある」とし、袋の再利用の禁止や高温焼却炉での処理などを求め、廃棄する作業員は防護用具を装着するよう指示している。
袋でさえ危険であるなら、農薬蚊帳自体はどうなのか。農薬蚊帳を妊婦や子どもが身近で毎晩使って本当に安全性に問題はないのか。そうした疑問にWHOも住友化学も、一切答えない。
以上のような実態を踏まえて関係者からは、WHOなどによる国際戦略の抜本的転換を求める声が出始めている。農薬を使わない普通蚊帳の普及、蚊の発生そのものを抑える環境整備、子どもたちの栄養改善など、地元民に真に役立つ内容にすべきとの意見だ。
前部長が出向した疑惑のNPO
オリセットネットが直面する苦境をどう打開するか。住友化学の対策の一つが、今年二月の「マラリア・ノーモア・ジャパン」というNPO法人の設立だ。マラリアの脅威を国民に理解してもらい、マラリア対策の強化を政府に働きかけることを主な目的にしている。
さっそく連休中に川崎市の商業施設で、ギニア出身のタレントらによるイベントを開いた。訴えたのは「アフリカなどの途上国ではマラリアで一分ごとに子どもが一人亡くなっているが、農薬蚊帳の普及で死者は一〇年間で二五%以上減っている。温かいご支援を」というきれいごとだった。
このNPOを、マスメディアも擁護。朝日新聞は住友化学からNPO専務理事に出向した水野前事業部長を「ひと」欄で紹介するなどして持ち上げている。しかし水野氏の素性を見れば、「オリセットネット売り込みの先兵」にすぎないのは誰の目にも明らかだ。NPO設立に当たって出資したのは住友化学と、オリセットネットの原料の提供企業であるエクソンモービル・ジャパンの二社だけだから、何をかいわんやだ。
農薬蚊帳をめぐる「不都合な真実」には素知らぬ顔で、子会社にも等しい非営利法人を使って自社製品の購入につながる資金集めのキャンペーンを始めた住友化学。
アフリカの環境破壊も、子どもたちの健康被害も一顧だにしない、私利私欲の塊のような三流企業が、そもそも経団連会長社にふさわしくなかったのは、いまや自明のこと。
米倉弘昌会長の倫理なき経営が、日本を貶めていく。
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