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連載

本に遇う 連載156

原節子を呪縛した男
河谷史夫

2012年12月号

 大根と謗る声もあった原節子を「名優」と言うのは、『彼女が演じた役』を書いた片岡義男である。

「クリエイティブな力を深く豊かに持った女優である」「視線をふと少し伏せただけで、たいへんに複雑微妙な感情の重みを、ごく当然のことのように表現する」「美しさ、明るさ、華やかさ、色気、上品さ、才気、直感の正しさ、程の良さなど、あらゆる肯定的な価値を、単なる美や女らしさなどではなく、強い意志、つまりくっきりと確立された自我として、日本の人たちは原節子の中に見ていたと、僕は思う」

 片岡がとりわけ買うのは声だ。

「きわめて良質の明るさや軽さと同時に、次元の高い重さや深さを持っている声だ。どんな言葉も、どのような台詞まわしも、彼女は軽々とやってのける」「おそろしいまでに濃密にエロティックになることの出来る声だ」

 その声を直に聞くという「良き思い出」を片岡は持つ。中学生のころ、電車で原節子に席を譲ろうとした。原はにっこりと笑って別の老婦人に譲った。並んで吊り革を握って立つ片岡少年に「坊やはお利口なのね」と言ったとある・・・