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連載

追想 バテレンの世紀 連載80

報われぬアダムズの奮闘
渡辺 京二

2012年11月号

 クローブ号のもたらした積荷は何とか販路を見出した。家康は大砲四門、火薬一〇樽、鉛六〇〇棹を買いあげてくれた。アダムズの尽力があったのはいうまでもないが、家康はむろん大坂城攻めを考えていた。大坂冬の陣で淀君の胆を冷やしたのは、おそらくこの大砲である。

 東インド会社は対日貿易を開始したものの、有効な戦略をもっていなかった。日本は銀の産地だというので、インドで売れ残った英国産の雑貨や、ジャワ島に設けた基地バンタムで集めた南洋物産を持ちこめば、容易に銀が得られると思っていた。東インド会社は本国から銀を持ち出すばかりで、世論の攻撃を受けていたので、銀がうなっている日本で商売すれば、胡椒・ナツメッグなど本国へ持ち帰る南洋物産と交換すべき銀を入手できると踏んでいた。

 ところが、日本へ来てみると、日本人は英国産の雑貨や胡椒など欲していないことがわかった。彼らが欲しがっているのは生糸と絹織物、それに鹿皮と蘇木である。鹿皮は羽織・袴・足袋などに武士が好んで用いる。一種の軍需品と言っていい。蘇木は染料として需められた。鹿皮と蘇木の産地はインドシナやシャムであ・・・