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中国原発「大濫造」の恐怖

数えきれない事故リスク要因

2012年9月号公開

 福島第一原子力発電所事故は、原子力をめぐる風景を一変させ、「原発は地球温暖化対策の切り札であり、日本に不可欠」とする意見が過半を占めていた日本の世論は逆転した。盛り上がる反原発運動は科学的な検証や経済的な必要性を無視し、短絡的な「原発嫌悪」の感情論だけが増幅している。

 日本がすべての原発を止め、日本列島から原発を全廃すれば原発のリスクを回避できると反原発活動家が考えているとすれば、能天気としかいいようがない。世界では日本とは逆に新興国、途上国を中心に原発建設意欲は高まり、中国、インド、ベトナムでは新設工事が着実に進み、原発導入を計画している途上国は増え続けているからだ。新興国、途上国にとって原発は成長のために欠かせない電源、化石燃料の輸入を削減できるエネルギー安全保障にとって重要な電源なのだ。

 なかでも中国の原発建設意欲はきわめて強い。日中関係をしばしば「一衣帯水」と表現するように中国で起きる様々な事象は日本にも必ず及ぶ。中国のオルドス高原で舞い上がった黄砂が日本各地に及び、時に空港閉鎖に至ることもあるように、中国の原発が事故を起こせば、その影響は当然、日本に到達する。
 日本国内の原発が再び事故を起こすリスクよりも雨後の筍のように立ちあがる中国の原発のリスクの方が桁違いに高いことは誰しも想像できるだろう。

世界最大の原発大国となる



「もうじき近くに原発が完成するので、電力供給に不安はなく、電気料金も安くなりますよ」
 中国東北部の玄関口といわれる大連市(遼寧省)の市政府関係者が最近、日本や韓国の企業にささやく殺し文句だ。大連は日本企業だけで二千社以上が進出している中国有数の外国企業の集積地。だが、近年の中国の人件費高騰と人民元高の打撃を受け、外国企業の進出にブレーキがかかり、撤退も始まっている。つなぎ止めに必死の大連市は日韓両国ともに電力不足に直面していることに目をつけ、原発による電力安定供給を企業誘致の新しい武器にしようとしているのだ。

 大連市から北西百六十キロの紅沿河。渤海湾に面する海岸地帯で、百八万キロワットの発電能力を持つ加圧水型軽水炉(PWR)四基の建設工事が続いている。1、2号機は二〇〇七年に着工され、今秋にも運転を開始する予定といわれる。大連市が電力供給の切り札として期待する原発だ。3、4号機も後を追うように建設が進んでおり、一四年夏までに運転を開始する計画だ。

 中国は一次エネルギーの総消費量で一〇年に米国を抜いて世界最大となった。エネルギー消費量は過去十年間で二・四倍に急増、なかでも電力消費量は、産業用はもちろん一般家庭での冷蔵庫、エアコンなどの普及で急激に伸び、電力需給の逼迫が続いている。中国の発電総量のうち七割以上は石炭火力発電が占めており、中国は世界の石炭の四八%(一一年)を使う圧倒的な石炭消費大国だ。だが、産炭地である内モンゴル自治区や山西省から北京、上海など沿岸部への石炭輸送は鉄道、道路の大きな負担となっており、大気汚染や二酸化炭素の排出抑制という課題もあってこれ以上、石炭の消費を増やせない状況に追い込まれている。そのため、内陸からのパイプラインによる天然ガスや輸入の液化天然ガス(LNG)を燃料とする火力発電も増やしてはいるものの伸びる電力需要には到底追いつけず、中国の電力供給不安は解消の見込みが立っていない。

 そこで電力供給の切り札として近年、期待を集め始めたのが原子力だ。中国の原子力利用はそれなりの歴史を持つ。最も古い秦山原発1号機(浙江省)は一九九一年十二月に試運転を開始したが、原子炉そのものの研究は七三年にスタートしている。軍事利用で言えば、一九六四年十月に核実験に成功しており、原子力技術については長い経験もある。

 だが、現在、稼働している原発は延べ十五基で発電能力合計はわずか一千二百五十二万キロワット。日本の五十四基、四千八百八十五万キロワットの約四分の一、世界最大の米国の百四基、一億五百三十四万キロワットに比べれば、九分の一強といった規模にとどまり、世界では第九位にすぎない。中国の経済規模、エネルギー消費量の水準からみて原発の利用が遅れていることは歴然としている。

 中国政府は電力需要の逼迫が深刻化したため、第十次五カ年計画(〇一年~〇五年)から野心的な原発大増設に乗り出している。政府の原子力政策は二〇〇〇年以降、「積極開発」の表現に改められ、さらに〇九年に「強力開発」に格上げされた。国をあげて原発増設にひた走っており、現在建設中の原発は先に触れた紅沿河原発や完成間近の三門原発(浙江省)、陽江原発(広東省)、海陽原発(山東省)など二十六基で、発電能力の合計が二千九百二十四万キロワットに上る。

 さらに先の計画では、二〇年までに八千万キロワットにまで原発を拡大、発電能力のうち原発の比率を八%にまで引き上げる方針。三五年までには二百三十基、延べ二億三千万キロワットに増やす構想すらささやかれている。仮にこうした計画が進めば一六年に日本を抜き、世界第三位、一八年までにフランスを抜き、世界第二位の原発保有国にのし上がる。さらに二五年ころには米国を抜き、世界最大の原発大国になっている可能性が高い。

「内陸の原発こそ世界で最も危険」



 日本がすべての原発を廃止しても、中国が二〇年までに増設する分だけでそれを軽く上回る。重要なのは、これほどの大増設を予定通り進めた時に中国に原発を安全に運転し、保守する能力があるか、そもそもできあがった中国各地の原発は技術的、地理的条件などで安全なのか、という問題だ。

 一九七六年七月二十八日未明、河北省唐山周辺を大地震が襲った。唐山大地震である。マグニチュードそのものは七・五にすぎず、昨年の東日本大震災の九・〇に比べれば地震のスケールははるかに小さい。だが、日干し煉瓦など脆弱な建物が大半で、地震の備えなどがほとんどなかったため、地震による死者は二十四万人に達し、「二十世紀最大の地震被害」といわれる。甚大な被害を出した唐山と渤海湾を挟んで対岸に位置しているのが紅沿河原発だ。その距離はわずかに二百キロ。さらに渤海湾岸には徐大堡原発(遼寧省)の建設も計画されている。唐山大地震では実は大津波が渤海湾沿岸を襲った、という記録もある。

 もし、唐山大地震と同規模の地震が再び同じ場所で発生すれば、紅沿河原発は大きな揺れと大津波に襲われる恐れがある。福島第一原発事故以降、中国も原発の安全対策の再確認に乗り出し、活断層や津波の可能性を改めてチェックしたといわれる。だが、原発大増設に傾斜している中国政府が建設にマイナスとなるような調査結果を公表したり、建設中止の結論を出したりするはずもない。本当の危険性は闇の中だ。

 中国の沿海部は、北は遼寧省から南は海南島の昌江原発まで世界有数の原発集積地になりつつある。特に山東省は栄成原発、乳山原発、海陽原発と三カ所の原発がわずか三百キロの沿岸に集中する。広東省は既存の大亜湾、嶺澳の両原発に加え、建設中の陽江、台山など建設中、計画中を合計すると省内に六カ所の原発が集積することになる。沿海部の原発は津波への備えは欠かせないはずだが、中国では防潮堤の設置も、外部電力喪失時の非常用電源の確保に関する取り組みも話題にすらなっていない。

「中国内陸の原発こそ世界で最も危険な原発」。こう指摘する中国の電力関係者もいる。福島第一原発事故の展開が示すように原発は莫大な冷却水を必要とし、冷却水の確保が死命を制する。沿海部の原発は海水を冷却水にしているが、内陸に建設される原発は河川や湖沼から冷却水を得るしかない。旧ソ連圏、東欧には河川で冷却する内陸型の原発が少なからずある。ドナウ川はかつて原発銀座とも呼ばれた。だが、水量豊富で枯れる恐れのないドナウ川など欧州、ロシアの河川に対し、中国の河川は慢性的に水量不足に苦しみ、流れが途切れる「断流」が発生する河川も多い。中国を代表する河川である黄河は下流域で九〇年代に度々断流し、年間二百日以上、干上がった年もあったほどだ。

 もし原発を建設した河川で原子炉稼働中に水流が減り、十分な冷却水を得られなくなれば、まさに福島第一原発事故の再来となる。冷却水が十分だったとしても、放射能漏れなどの事故が起き、冷却水に放射性物質が混ざり、河川に流れ込めば、下流域は深刻な放射能汚染にさらされかねない。昨年の東日本大震災直後、中国政府は原発建設工事をいったん止め、計画段階のものも含め、大点検を実施した。一番のポイントは冷却水の確保ができるかで、内陸で予定されていた原発には改めて注文がつけられたが、結局、建設が続行されることになった。電力事情の逼迫が工事中断の余裕を与えないほど厳しかったのだ。

中国製原発の安全性に強い懸念



 それ以前の不安もある。中国国産原発の安全性だ。中国は最初に建設した秦山原発1号機を除き、これまで外国製の原発を導入していた。フランスのフラマトム(現アレバ・グループ)やロシアのアトムネフチ、東芝グループの米ウエスチングハウス、カナダのCANDU炉などだ。中国の部材を一部使用しても基本設計や最重要の圧力容器、蒸気発生器(SG)などは外国製を利用していた。

 中国は高速鉄道にみられるように、外国からの導入技術をベースに国産化を図る技術戦略をとっている。原発国産化もまさに同じ路線で進んできた。広東核電集団がフラマトムから導入した原発を改良した「CPR1000」を開発、中国核工業集団はウエスチングハウスが開発した「AP1000」をベースに「CAP1400」を開発した。福島第一原発事故までは中国政府は両方の中国改良型の原発を国内に建設する原発の主流にする方針だった。

 だが、今年七月、中国政府は突然、国内の新規原発をウエスチングハウスの「AP1000」にまとめる方針を打ち出した。関係者によると、中国の原子力専門家自身が「CPR1000」など中国製原発の安全性に強い懸念を示したためだ。とりあえずは、不安な中国独自開発の原子炉の建設はストップされたが、中身の不安は今後も続く。

 中国政府は外国メーカーに原子炉の部材などの現地生産を求めているからだ。原発の安全性のカギを握る原子炉圧力容器は放射線による金属劣化にさらされる場所で、特殊な鋼材を使用する。世界では日本製鋼所室蘭製作所など数カ所でしかつくることができない。それを中国が無理に国産化し、採用した場合、ウエスチングハウスの原発であっても大きな不安がある。

放射性物質は確実に日本へ



 より現実的で恐ろしいのは工事の手抜きだ。八月二十四日、黒竜江省ハルビン市で、昨年十一月に総工費二百三十億円をかけて完成したばかりの高架橋の一部が崩落、死傷者が出る事故が起きた。壊れた部分からは鉄筋の代わりに材木の切れ端や合成樹脂などがみつかり、歴然とした手抜き工事。もし同じような工事が原発で行われたらどうなるかは言うまでもない。中国の建設会社なら手抜きをしないわけはない、と中国人の大半はみている。

 さらに稼働する原発の数が増えれば、人為的な運転ミスが起きる可能性が高まる。日本では原発の運転員の訓練には通常で五年以上かけ、運転当直の班長になるためには二十年以上の経験を積まなければならない。運転員は通常、三年おきに沸騰水型原子炉(BWR)、PWRそれぞれ専用の訓練所に派遣され、シミュレーション装置で様々な事故時の対応を学習する。そうした基礎があるゆえに、九一年の関西電力美浜原発2号機の細管破断事故や〇七年の新潟県中越沖地震時の柏崎刈羽原発の手動停止などの判断ができるのだ。

 中国は本来ならば原発運転員の育成を強化し、訓練を加速しなければならないが、専門の訓練所や、大学の原子力工学の学科が大増設されたわけではない。昨年の高速鉄道事故では、追突した列車の運転士は入社わずか六カ月で、数カ月の訓練を受けただけだった。原発の運転員が同じレベルであることは中国では十分にあり得る。

 中国から日本列島に向けて常時、偏西風が吹いていることはよく知られている。酸性雨から黄砂まで様々な大気汚染物質が中国から日本に運ばれてくる。もし、中国の原発で事故が起きれば、日本列島には放射性物質が確実に運ばれてくる。

 日本人にとって中国の原発大増設こそ悪夢だ。


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