奨学金「取り立て」ビジネスの残酷
「借金漬け」にして暴利貪る
2012年4月号公開
「教育の機会均等に寄与するために学資の貸与その他学生等の修学の援助を行う」―独立行政法人日本学生支援機構(旧日本育英会)が行う奨学金制度の目的である。だがその裏では、奨学生を借金地獄へと突き落とす「官製学生ローン」と見紛うばかりのやり取りが、日々裁判所で繰り広げられている。
都内で自営業を営むA氏は、日本学生支援機構(以下、支援機構)から「九十万円を払え」と訴えられた。三月二十三日午後、東京地方裁判所の法廷で次のようなやり取りが交わされた。
A氏「(年収が約百万円しかないので)月々の支払額が一万二千円というのは厳しい。一万円以下でお願いしたい」
裁判官「じゃあ、間を取って一万一千円では」
A氏「はい……それでいいです」
支援機構代理人「一万一千円というのは厳しいですね」
月々の払いが減ったからといって支払総額が変わるわけではない。だが支援機構側は「月額一万一千円」案に難色を示した。それでもA氏は安堵していた。というのも危うく九十万円どころか三百万円もの借金を背負い込むところだったからだ。経緯はこうだ。
支援機構が申し立てた「支払督促」がA氏の元に届いたのは昨年夏。元本百六十三万円、延滞利息(年率一〇%)百五十二万円の計三百十五万円を払えという内容だ。A氏は驚いた。とうの昔に返済済みだと思っていたからだ。支払督促は裁判に準じた手続きで、異議申し立てをしなければ請求どおりに判決が確定する。A氏は異議を申し立てた。
A氏が奨学金を借りたのは約二十年前だ。無利子のもの百三十万円と、原則返済免除になる「特別貸与奨学金」五十七万円の計百八十七万円。卒業後すぐに返済を始めたため、給与口座からの引き落としで返済は終わったはずだった。
「三百十五万円」に疑問を持ったA氏が支援機構に問い合わせた結果、驚くべき事実が判明した。かつて二度続けて残高不足の月があり、それが理由で以後、口座に残高があっても引き落とせない状態になっていたというのだ。入金がないことによって、特別貸与奨学金の返還義務まで発生した。この間、育英会(当時)からの連絡は一切なかったという。
途方に暮れたA氏は、法テラス(日本司法支援センター)を通じて弁護士に相談し、再び驚く。三百十五万円の請求のうち、約二百二十万円が十年の時効を過ぎていたのだ。時効が成立しているではないか―A氏が裁判で主張すると、支援機構側はすぐさま請求額を九十万円に訂正した。時効だと知りながら請求していたのだから悪質だ。こうして事なきを得たA氏だが、「あまりにも杜撰」と支援機構の対応に憤りを隠さない。
分割でほぼ解決したA氏に比べて、千葉県の会社員B氏の場合はさらに深刻だ。元本百万円と利息・延滞金六十万円の計百六十万円を一括で返済するよう支払督促を起こされた。
「元本だけに減額した上で、分割払いにしてほしい」
月収二十万円で辛くも妻子を養っているB氏は必死に頼み込んだものの、支援機構は聞く耳を持たない。絶望的な気持ちになったB氏だが、「返済猶予」という制度があることに気がついた。収入が少ないなど事情があれば五年間を限度に返済を猶予、利息・延滞金を免除するという制度だ。
「返済猶予制度をさかのぼって適用できないものか」
わらにもすがる思いで訴えたB氏だったが、支援機構側は冷淡だった。「申請しなかったのが悪い」とばかりに、「ビタ一文まけない」との態度を貫いた。そして裁判官も同様で、請求額どおり百六十万円を一括で払えという判決を下し、確定する。ほかにも借金を抱えて無貯金のB氏に払えるはずもない。「給料の差し押さえでもされたときは、会社に知られてクビになるかもしれない」と、B氏は不安な日々を過ごしている。
支援機構広報課や文部科学省によれば、支援機構が元奨学生に対して起こした支払督促申し立ての件数は、二〇〇六年度の一千百八十一件に対して一〇年度は実に七千三百九十件と激増した。給与差し押さえも、〇七年度の一件に対し、一〇年度は実に八十五件を数えた。前述のようなケースが日本中で起きているのだ。しかも「特定調停」という経費が安く歩み寄りの余地が大きい法的手続きがあるにもかかわらず、こちらは一切取られていない。きめ細かな督促などもないまま、いきなり裁判で「徹底回収」。これが冒頭の理念を掲げた奨学金の実態だ。
奨学金の原資を確保する―それが支援機構が回収強化に励む「表向き」の理屈である。〇九年に百三十億円にも上る奨学金の未回収が発覚し、その杜撰な運営実態が社会問題化したことも、彼らの行動の「後ろ盾」となっているのだろう。だが本当にそれだけなのか、そこには拭えぬ「疑い」がある。
原資の確保であれば元本の回収がなにより重要だ。ところが、日本育英会から独立行政法人に移行した〇四年以降、回収金はまず延滞金と利息に充当するという方針を頑なに実行している。一〇年度の利息収入は二百三十二億円、延滞金収入は三十七億円に達する。これらの金は経常収益に計上され、原資とは無関係のところへ消えている。この金の行き先のひとつが銀行であり、債権管理回収業者(サービサー)だ。一〇年度期末で民間銀行からの貸付残高はざっと一兆円。年間の利払いは二十三億円。また、サービサーについては、同年度で約五万五千件を日立キャピタル債権回収など二社に委託し、十六億七千万円を回収、そのうち一億四百万円が手数料として払われている。銀行やサービサーのみならず、訴訟を起こしている弁護士にとっても大きなビジネスチャンスだ。支援機構の顧問弁護士のところにも多数の訴訟案件が持ち込まれており、さながら奨学金バブルといった活況を呈しているという。奨学金の原資を確保するという美名のもとに、学生を借金漬けにするあこぎな金融ビジネスで暴利を貪る―これが支援機構の現実ではないか。
経済協力開発機構(OECD)加盟三十カ国のうち、給付制奨学金がなく、大学の学費も有料という国は日本しかない。さすがに恥ずかしく思ったのか、文科省は一二年度予算の概算要求に給付制奨学金二百四十九億円を計上したが、財務省はいとも簡単に切り捨てた。
教育に金をかけない国は競争力も育たない―国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」の分析である。「奨学金」が日本をさらなる没落へと導くならば、これほどの皮肉はない。
時効だと知りながら請求
都内で自営業を営むA氏は、日本学生支援機構(以下、支援機構)から「九十万円を払え」と訴えられた。三月二十三日午後、東京地方裁判所の法廷で次のようなやり取りが交わされた。
A氏「(年収が約百万円しかないので)月々の支払額が一万二千円というのは厳しい。一万円以下でお願いしたい」
裁判官「じゃあ、間を取って一万一千円では」
A氏「はい……それでいいです」
支援機構代理人「一万一千円というのは厳しいですね」
月々の払いが減ったからといって支払総額が変わるわけではない。だが支援機構側は「月額一万一千円」案に難色を示した。それでもA氏は安堵していた。というのも危うく九十万円どころか三百万円もの借金を背負い込むところだったからだ。経緯はこうだ。
支援機構が申し立てた「支払督促」がA氏の元に届いたのは昨年夏。元本百六十三万円、延滞利息(年率一〇%)百五十二万円の計三百十五万円を払えという内容だ。A氏は驚いた。とうの昔に返済済みだと思っていたからだ。支払督促は裁判に準じた手続きで、異議申し立てをしなければ請求どおりに判決が確定する。A氏は異議を申し立てた。
A氏が奨学金を借りたのは約二十年前だ。無利子のもの百三十万円と、原則返済免除になる「特別貸与奨学金」五十七万円の計百八十七万円。卒業後すぐに返済を始めたため、給与口座からの引き落としで返済は終わったはずだった。
「三百十五万円」に疑問を持ったA氏が支援機構に問い合わせた結果、驚くべき事実が判明した。かつて二度続けて残高不足の月があり、それが理由で以後、口座に残高があっても引き落とせない状態になっていたというのだ。入金がないことによって、特別貸与奨学金の返還義務まで発生した。この間、育英会(当時)からの連絡は一切なかったという。
途方に暮れたA氏は、法テラス(日本司法支援センター)を通じて弁護士に相談し、再び驚く。三百十五万円の請求のうち、約二百二十万円が十年の時効を過ぎていたのだ。時効が成立しているではないか―A氏が裁判で主張すると、支援機構側はすぐさま請求額を九十万円に訂正した。時効だと知りながら請求していたのだから悪質だ。こうして事なきを得たA氏だが、「あまりにも杜撰」と支援機構の対応に憤りを隠さない。
分割でほぼ解決したA氏に比べて、千葉県の会社員B氏の場合はさらに深刻だ。元本百万円と利息・延滞金六十万円の計百六十万円を一括で返済するよう支払督促を起こされた。
「元本だけに減額した上で、分割払いにしてほしい」
月収二十万円で辛くも妻子を養っているB氏は必死に頼み込んだものの、支援機構は聞く耳を持たない。絶望的な気持ちになったB氏だが、「返済猶予」という制度があることに気がついた。収入が少ないなど事情があれば五年間を限度に返済を猶予、利息・延滞金を免除するという制度だ。
「返済猶予制度をさかのぼって適用できないものか」
わらにもすがる思いで訴えたB氏だったが、支援機構側は冷淡だった。「申請しなかったのが悪い」とばかりに、「ビタ一文まけない」との態度を貫いた。そして裁判官も同様で、請求額どおり百六十万円を一括で払えという判決を下し、確定する。ほかにも借金を抱えて無貯金のB氏に払えるはずもない。「給料の差し押さえでもされたときは、会社に知られてクビになるかもしれない」と、B氏は不安な日々を過ごしている。
大きなビジネスチャンス
支援機構広報課や文部科学省によれば、支援機構が元奨学生に対して起こした支払督促申し立ての件数は、二〇〇六年度の一千百八十一件に対して一〇年度は実に七千三百九十件と激増した。給与差し押さえも、〇七年度の一件に対し、一〇年度は実に八十五件を数えた。前述のようなケースが日本中で起きているのだ。しかも「特定調停」という経費が安く歩み寄りの余地が大きい法的手続きがあるにもかかわらず、こちらは一切取られていない。きめ細かな督促などもないまま、いきなり裁判で「徹底回収」。これが冒頭の理念を掲げた奨学金の実態だ。
奨学金の原資を確保する―それが支援機構が回収強化に励む「表向き」の理屈である。〇九年に百三十億円にも上る奨学金の未回収が発覚し、その杜撰な運営実態が社会問題化したことも、彼らの行動の「後ろ盾」となっているのだろう。だが本当にそれだけなのか、そこには拭えぬ「疑い」がある。
原資の確保であれば元本の回収がなにより重要だ。ところが、日本育英会から独立行政法人に移行した〇四年以降、回収金はまず延滞金と利息に充当するという方針を頑なに実行している。一〇年度の利息収入は二百三十二億円、延滞金収入は三十七億円に達する。これらの金は経常収益に計上され、原資とは無関係のところへ消えている。この金の行き先のひとつが銀行であり、債権管理回収業者(サービサー)だ。一〇年度期末で民間銀行からの貸付残高はざっと一兆円。年間の利払いは二十三億円。また、サービサーについては、同年度で約五万五千件を日立キャピタル債権回収など二社に委託し、十六億七千万円を回収、そのうち一億四百万円が手数料として払われている。銀行やサービサーのみならず、訴訟を起こしている弁護士にとっても大きなビジネスチャンスだ。支援機構の顧問弁護士のところにも多数の訴訟案件が持ち込まれており、さながら奨学金バブルといった活況を呈しているという。奨学金の原資を確保するという美名のもとに、学生を借金漬けにするあこぎな金融ビジネスで暴利を貪る―これが支援機構の現実ではないか。
経済協力開発機構(OECD)加盟三十カ国のうち、給付制奨学金がなく、大学の学費も有料という国は日本しかない。さすがに恥ずかしく思ったのか、文科省は一二年度予算の概算要求に給付制奨学金二百四十九億円を計上したが、財務省はいとも簡単に切り捨てた。
教育に金をかけない国は競争力も育たない―国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」の分析である。「奨学金」が日本をさらなる没落へと導くならば、これほどの皮肉はない。
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