高校野球改革の欺瞞
「新特待生制度」は抜け道だらけ
2012年3月号公開
第八十四回選抜高等学校野球大会が、「復興センバツ」を合言葉に三月二十一日から十二日間の日程で始まる。この大会期間中に新年度が始まるが、この四月の入学生から、高校野球は新たな制度をスタートさせる。
「特待生は一学年五人以内」
昨年五月、日本高等学校野球連盟(高野連)は大阪市内で開いた評議員会で、人数制限などの条件を定めた野球特待生制度を制定した。二〇〇七年に勃発した「特待生問題」だが、結論はすぐには出せず、三年間の暫定措置期間を経て、ようやくこの決定に至ったものだ。これにより高野連は「野球留学に歯止めがかかる」というのだが、現場からは疑問の声が上がっている。
そもそもの発端は、プロ野球の裏金問題だった。その調査過程で、専修大学北上高校が「学生野球憲章」で禁じられていた奨学生制度を実施していたことが発覚。その後高野連が調査したところ、違反校は全国で三百八十六、部員数は約八千人に上った。これを受け、高野連は「私学検討部会」を開き、有識者を交えて議論を重ねた。
「当初、高野連は特待生の全廃を求め、私学サイドは募集手段の規制は経営権への干渉と突っぱねた」(高野連関係者)
特待生を集めて甲子園に出場することが学校経営の手段となっていることは言うまでもない。話し合いは平行線を辿り、折衷案として三年間の暫定措置が取られた。この期間も「一学年五人以内」というガイドラインは設けられた。
そして、特待生と表裏一体である「野球留学」の問題点も取り沙汰されたが、「県内出身者が○人以上」などのように、直接規制されることにはならなかった。
今回のセンバツでは、被災地の東北から四校が出場する。「花巻東」(岩手)と二十一世紀枠の「県立石巻工」(宮城)のベンチ入りメンバー十八人は地元の少年野球出身の選手が中心だ。しかし一方で「聖光学院」(福島)と「光星学院」(青森)は大阪、兵庫、東京などの少年野球チーム出身の選手がそれぞれ十人ベンチ入りする。しかもすべてが三年生で、スタメンとして重要なポジションを任されている。
「地元と縁もゆかりもない選手が活躍したところで被災地は盛り上がらないだろう。逆に白けたムードになりかねない」(運動部記者)
山陰と東北の代表校が戦っているはずの甲子園のグラウンド上の選手が関西出身者だらけ、という光景は決して珍しくない。さながら大阪や兵庫の地元野球大会だ。
いかに新聞やNHKが「地元の代表」との演出を施しても、それが嘘にまみれていることは、地元の人間が一番わかっているのだ。
また、来年度入学生からは「五人枠」が徹底されると考えるのは早計だ。抜け道はいくらでもある。「学業優秀」や「経済的理由」の特待生は枠外で集めることができる。枠内の五人について、入学費と授業料以外の寮費などは免除・軽減を認められていないが、貸与なら可能。しかし実態をどこまで把握できるかは不明だ。前出高野連関係者はこう語る。
「違反しても罰則が定められていない。やはり早稲田大学元総長の奥島孝康氏が会長では、私学を締め出すようなルール作りは無理だったのではないか」
そもそも「一学年五人」という数字の根拠も判然としない。ある私学の野球部長が語る。
「『出場選手の半分』という有識者の意見を採用したと説明があったが、夏の大会なら一年生から三年生まで十五人をベンチ入りさせることも可能だ」
つまり、枠組み自体が「骨抜き」にされているのだ。なぜ高野連は私学に屈したのか。背景には「新聞社の都合」が見え隠れする。前出野球部長が打ち明ける。
「特待生規制に反発する私学を集め、別の全国大会を立ち上げる計画があった。私大付属高の監督を中心に情報が流れたが、読売新聞が主催して東京ドームで開催するという具体的なものだった」
毎日新聞は特待生を擁護し、高野連とは反対の立場だったが、朝日新聞は徐々に転向していった。発覚直後は「特待生制度許すまじ」という態度が、続々と違反が発覚するに従いトーンダウンし、最終的に容認してしまった。
ただ、私学側はこの規制でも納得していない。二月にも日本私立中学高等学校連合会が高野連に対し、新制度について「賛成しかねる部分がある」と意見書を提出した。背景には最近の経済情勢があるとスポーツ紙記者が語る。
「民主党政権下で、公立高校の授業料は無償化されている。学区制限の問題はあるものの、全員が『特待生』という状態」
長引く景気低迷の影響で、こうした道を選ぶ選手も多い。しかも改めて野球に力を入れる公立高校が出ていることも周知の通りだ。少子化の中で私学の焦りは強い。
実は、今回の制度には、もうひとつ重要な目的がある。有望選手の入学を仲介する「ブローカー」など第三者の排除だ。そのために、中学校長の推薦などを求めるというが、「絵に描いた餅で終わる」というのは甲子園常連校監督の一人だ。
「甲子園に出場するために、子供より親の方が熱くなる。地元の強豪校でレギュラーになれないと判断すると、地方の甲子園常連校を探す。そこにブローカーが介在する余地がある」
野球強豪校を目指す地方の私学が、実力のある中学生を特待生として迎えようとするときにもブローカーを頼る。選手側と私学双方にとって必要悪となっているのだ。
特待生問題が表面化して以来、「セレクション」が禁止された。セレクションとは、有望な中学生を集めて練習をさせ、その中から入部者を決める事実上の選抜試験のようなものだ。
これが禁止されたため、五人の特待生を選ぶにも、情報が不可欠になる。つまり、規制強化によりブローカーの必要性が高まる皮肉な構図となっている。彼らの素顔について、前出の監督はこう語る。
「ブローカーの多くは元プロ野球選手や元高校野球関係者。少年野球の監督はもちろん、強豪私学に複数のパイプを持っている」
仲介料の額は「取引」によって異なる。三十万~五十万円という金を、高校と選手側双方から受け取るケースが多いという。親の強い要望で強豪校への口利きをする際は、親からのみ受け取る。また、「少年野球の監督が、進学先のない選手の親に頼まれて、有力選手との『抱き合わせ』で強豪校に押し込むことがある」(前出監督)。この場合に、監督が親からカネを受け取るケースもあるという。
結局、高校野球改革は、実効性に疑問符がつくものになった。理由は、私学、新聞社、親と、どれも大人側の事情だ。
「地元の代表が汗を流す姿に声援を送る」
極めて単純な高校野球のあるべき姿には程遠い。これで爽やか球春を語られてもお寒いだけだ。
「特待生は一学年五人以内」
昨年五月、日本高等学校野球連盟(高野連)は大阪市内で開いた評議員会で、人数制限などの条件を定めた野球特待生制度を制定した。二〇〇七年に勃発した「特待生問題」だが、結論はすぐには出せず、三年間の暫定措置期間を経て、ようやくこの決定に至ったものだ。これにより高野連は「野球留学に歯止めがかかる」というのだが、現場からは疑問の声が上がっている。
そもそもの発端は、プロ野球の裏金問題だった。その調査過程で、専修大学北上高校が「学生野球憲章」で禁じられていた奨学生制度を実施していたことが発覚。その後高野連が調査したところ、違反校は全国で三百八十六、部員数は約八千人に上った。これを受け、高野連は「私学検討部会」を開き、有識者を交えて議論を重ねた。
「当初、高野連は特待生の全廃を求め、私学サイドは募集手段の規制は経営権への干渉と突っぱねた」(高野連関係者)
特待生を集めて甲子園に出場することが学校経営の手段となっていることは言うまでもない。話し合いは平行線を辿り、折衷案として三年間の暫定措置が取られた。この期間も「一学年五人以内」というガイドラインは設けられた。
「骨抜き」にされた規制
そして、特待生と表裏一体である「野球留学」の問題点も取り沙汰されたが、「県内出身者が○人以上」などのように、直接規制されることにはならなかった。
今回のセンバツでは、被災地の東北から四校が出場する。「花巻東」(岩手)と二十一世紀枠の「県立石巻工」(宮城)のベンチ入りメンバー十八人は地元の少年野球出身の選手が中心だ。しかし一方で「聖光学院」(福島)と「光星学院」(青森)は大阪、兵庫、東京などの少年野球チーム出身の選手がそれぞれ十人ベンチ入りする。しかもすべてが三年生で、スタメンとして重要なポジションを任されている。
「地元と縁もゆかりもない選手が活躍したところで被災地は盛り上がらないだろう。逆に白けたムードになりかねない」(運動部記者)
山陰と東北の代表校が戦っているはずの甲子園のグラウンド上の選手が関西出身者だらけ、という光景は決して珍しくない。さながら大阪や兵庫の地元野球大会だ。
いかに新聞やNHKが「地元の代表」との演出を施しても、それが嘘にまみれていることは、地元の人間が一番わかっているのだ。
また、来年度入学生からは「五人枠」が徹底されると考えるのは早計だ。抜け道はいくらでもある。「学業優秀」や「経済的理由」の特待生は枠外で集めることができる。枠内の五人について、入学費と授業料以外の寮費などは免除・軽減を認められていないが、貸与なら可能。しかし実態をどこまで把握できるかは不明だ。前出高野連関係者はこう語る。
「違反しても罰則が定められていない。やはり早稲田大学元総長の奥島孝康氏が会長では、私学を締め出すようなルール作りは無理だったのではないか」
そもそも「一学年五人」という数字の根拠も判然としない。ある私学の野球部長が語る。
「『出場選手の半分』という有識者の意見を採用したと説明があったが、夏の大会なら一年生から三年生まで十五人をベンチ入りさせることも可能だ」
つまり、枠組み自体が「骨抜き」にされているのだ。なぜ高野連は私学に屈したのか。背景には「新聞社の都合」が見え隠れする。前出野球部長が打ち明ける。
「特待生規制に反発する私学を集め、別の全国大会を立ち上げる計画があった。私大付属高の監督を中心に情報が流れたが、読売新聞が主催して東京ドームで開催するという具体的なものだった」
毎日新聞は特待生を擁護し、高野連とは反対の立場だったが、朝日新聞は徐々に転向していった。発覚直後は「特待生制度許すまじ」という態度が、続々と違反が発覚するに従いトーンダウンし、最終的に容認してしまった。
「ブローカー」も排除できず
ただ、私学側はこの規制でも納得していない。二月にも日本私立中学高等学校連合会が高野連に対し、新制度について「賛成しかねる部分がある」と意見書を提出した。背景には最近の経済情勢があるとスポーツ紙記者が語る。
「民主党政権下で、公立高校の授業料は無償化されている。学区制限の問題はあるものの、全員が『特待生』という状態」
長引く景気低迷の影響で、こうした道を選ぶ選手も多い。しかも改めて野球に力を入れる公立高校が出ていることも周知の通りだ。少子化の中で私学の焦りは強い。
実は、今回の制度には、もうひとつ重要な目的がある。有望選手の入学を仲介する「ブローカー」など第三者の排除だ。そのために、中学校長の推薦などを求めるというが、「絵に描いた餅で終わる」というのは甲子園常連校監督の一人だ。
「甲子園に出場するために、子供より親の方が熱くなる。地元の強豪校でレギュラーになれないと判断すると、地方の甲子園常連校を探す。そこにブローカーが介在する余地がある」
野球強豪校を目指す地方の私学が、実力のある中学生を特待生として迎えようとするときにもブローカーを頼る。選手側と私学双方にとって必要悪となっているのだ。
特待生問題が表面化して以来、「セレクション」が禁止された。セレクションとは、有望な中学生を集めて練習をさせ、その中から入部者を決める事実上の選抜試験のようなものだ。
これが禁止されたため、五人の特待生を選ぶにも、情報が不可欠になる。つまり、規制強化によりブローカーの必要性が高まる皮肉な構図となっている。彼らの素顔について、前出の監督はこう語る。
「ブローカーの多くは元プロ野球選手や元高校野球関係者。少年野球の監督はもちろん、強豪私学に複数のパイプを持っている」
仲介料の額は「取引」によって異なる。三十万~五十万円という金を、高校と選手側双方から受け取るケースが多いという。親の強い要望で強豪校への口利きをする際は、親からのみ受け取る。また、「少年野球の監督が、進学先のない選手の親に頼まれて、有力選手との『抱き合わせ』で強豪校に押し込むことがある」(前出監督)。この場合に、監督が親からカネを受け取るケースもあるという。
結局、高校野球改革は、実効性に疑問符がつくものになった。理由は、私学、新聞社、親と、どれも大人側の事情だ。
「地元の代表が汗を流す姿に声援を送る」
極めて単純な高校野球のあるべき姿には程遠い。これで爽やか球春を語られてもお寒いだけだ。
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