「FX選定」防衛省のお粗末
ステルス偏重のゆがんだ欲望
2011年11月号公開
どんな競争でも勝つ方法。それは、自分が勝てるようルールを変えてしまうことだ。防衛省で進む次期戦闘機(FX)選定は、まさにルールを変えた不公正な競争であろう。マイカーを買うのにカタログだけ見て決める人は珍しい。しかし、防衛省では次期戦闘機を飛ばすことなく書面審査だけで決めようというのだ。
候補はF35(米ロッキード・マーチン社)、F/A18(米ボーイング社)、ユーロファイター(英BAEシステムズ社)の三機種。防衛省が重視するのは「性能」「経費」「国内企業参画」「メンテナンスなどの後方支援」の順という。
一番大事な性能を比較するのに飛行審査を排除する手法は、過去の手法と矛盾している。航空自衛隊のF15戦闘機を採用した一九七六年の機種選定では、調査団が六十日間米国に滞在し、当時の候補三機種を操縦して身をもって性能を確認した。当時の状況について防衛省の担当幹部は「過去のことは分からない」とまるで他人事である。
日本とほぼ同時進行でFX選定を進めるインドの場合、候補六機種をインド軍の操縦士が飛ばし、六百四十三項目の性能を比較した。その結果、四機種が脱落した。飛ばしてダメだったというのだから、これほど説得力のある選定方法はない。
日本のFX選定から飛行審査が消えてホッとしているのは、F35の陣営、つまり米政府とロ社だろう。米政府監査院が今年四月、「飛行試験で能力の四%が証明されたにすぎない」と苦言を呈するほどF35の開発は遅れている。
一方、F/A18とユーロファイターは対リビア航空作戦にも参加した現役機である。現段階の飛行審査は「大人と子供の競走」になりかねないが、書面審査なら一番新しいF35が高く評価されるのは間違いない。これこそがルールを変更した一番の理由であろう。
では、なぜF35を優遇するのか。そこには航空自衛隊の異様な思い込みがある。
二〇〇七年四月、沖縄付近で行われた模擬空中戦で、空自のF15とF4戦闘機は、米空軍のステルス戦闘機F22に完敗した。空自の戦闘機はレーダーで相手を発見できず、次々に「撃墜」されたのだ。
これでステルス機のとりこになった空自だが、米議会によるF22の輸出禁止決議で断念。ゲーツ前米国防長官から「代わりにF35はどうか」と進言され、今日に至っている。
F35の特徴もステルス性にある。だが、高額なF22の代替機として開発された廉価版に過ぎない。F22ほどのステルス性はなく、エンジンも双発から単発に減らしたため最高速度はマッハ一・七とかなり遅い。
ステルス機の欠点のひとつは、レーダー波を吸収する特殊塗料を塗り直す必要などから整備性が悪い点にある。今年一月、カナダ議会で証言を求められた米シンクタンク「国防情報センター」のホイーラー氏は「F22の任務遂行率は六一%。B2爆撃機は五五%と報告されている。もしF35がこのパターンを破るなら、最初のステルス機になる」と稼働率の低さを指摘し、「最終的な性能は貴国が購入した後にしか分からない」とカナダ議会に警告した。
F35は英、イタリア、オーストラリアなど八カ国が購入を前提に開発費を出したが、正式に購入契約したのは米国の五十九機を除けば、英の二機、オランダの一機にとどまっている。開発中だけに将来どんな不具合が起きるか分からず、各国とも様子見しているからだ。先のカナダのように独自調査に乗り出す国も出てきた。
そうした中、購入に意欲をみせる日本は最良のお客様だろう。十月初旬、ロ社は都内のホテルにF35のシミュレーターを持ち込み、マスコミ相手に説明会を開いた。
「防衛省の期限までに納入できる」「技術提供につながるライセンス生産(ラ国)は可能だ」「価格は一機六千五百万ドル(約五十億円)と格安」。過去のマイナス報道を覆すひびきのよい話が続いたが、真偽のほどは不明だ。
まず、米国向けでさえ「早くて二〇一七年からの配備」と伝えられるのに、防衛省の求める「一七年三月まで」の納入は可能なのか。また、イタリアで欧州向け機体の組み立てを認めるものの、「国有地内での作業」「最終チェックの米国人の立ち会い」など技術流出に目を光らせる条件付きである。それが一転して、日本ではラ国を通じて技術提供するというのだから信用できるはずがない。
一番の問題は価格だろう。「ロ社の広報担当は『六千五百万ドルは、各種搭載機器を除いたもの』と明かした」(米国の専門紙「ネイビータイムズ」九月十一日付電子版)と報道される一方で、日本の説明会でロ社は「六千五百万ドルにはすべての装備が含まれる」と強弁した。本当のところはロ社にしか分からない。
空自が実情を知らないはずがない。〇五年、防衛省の航空幕僚監部に次期戦闘機企画室を置き、候補機の情報収集を進めてきた。F35の調査には六億八千万円もの協力費を米政府に支払っている。
それでもステルス機欲しさから、開発の遅れ、不透明な価格、困難なラ国などの問題点に目をつぶろうとしている。空自は次期支援戦闘機(FSX)選定問題を忘れたのだろうか。
FSX選定を開始した一九八五年、空自は運用要求書に「空対艦ミサイルを四本搭載する」と入れた。米国の戦闘機でさえ搭載できるのは二本まで。「存在しない戦闘機」は日本で開発するしかない。国産戦闘機が欲しい空自と防衛産業が二人三脚で行った謀略戦だった。
当然ながら、米政府は「米軍機でさえ満足できない要求自体がおかしい」とクレームを付けた。FSXは日米の政治問題となり、米国のF16戦闘機を改造したF2支援戦闘機を日米で共同開発することで決着した。
しかし、この重たいミサイル四本が主翼に亀裂を入れるなど不具合が相次いだ。計画した生産機数を百四十一機から九十四機に下方修正せざるを得なくなり、今年九月、最終号機が三菱重工業から納入され、その生産を終えたのである。ここから得られたのは「不公正なルールはつくらない」という教訓だが、航空自衛隊は何一つ学んでいない。
FX選定を開始して六年。この間に技術は進み、防衛省はステルス機を発見できる新型レーダーと赤外線装置を含む探知システム網を開発した。ロシアのステルス機「T50」には敵ステルス機を探知できるレーダーを搭載する。FXが配備されるころには世界中でステルス機対策が取られるだろう。
ステルス偏重のゆがんだ欲望は、誤った選択を招き、日本の防空能力を低下させる亡国の道をたどりかねないのである。
候補はF35(米ロッキード・マーチン社)、F/A18(米ボーイング社)、ユーロファイター(英BAEシステムズ社)の三機種。防衛省が重視するのは「性能」「経費」「国内企業参画」「メンテナンスなどの後方支援」の順という。
一番大事な性能を比較するのに飛行審査を排除する手法は、過去の手法と矛盾している。航空自衛隊のF15戦闘機を採用した一九七六年の機種選定では、調査団が六十日間米国に滞在し、当時の候補三機種を操縦して身をもって性能を確認した。当時の状況について防衛省の担当幹部は「過去のことは分からない」とまるで他人事である。
開発遅れて売れないF35
日本とほぼ同時進行でFX選定を進めるインドの場合、候補六機種をインド軍の操縦士が飛ばし、六百四十三項目の性能を比較した。その結果、四機種が脱落した。飛ばしてダメだったというのだから、これほど説得力のある選定方法はない。
日本のFX選定から飛行審査が消えてホッとしているのは、F35の陣営、つまり米政府とロ社だろう。米政府監査院が今年四月、「飛行試験で能力の四%が証明されたにすぎない」と苦言を呈するほどF35の開発は遅れている。
一方、F/A18とユーロファイターは対リビア航空作戦にも参加した現役機である。現段階の飛行審査は「大人と子供の競走」になりかねないが、書面審査なら一番新しいF35が高く評価されるのは間違いない。これこそがルールを変更した一番の理由であろう。
では、なぜF35を優遇するのか。そこには航空自衛隊の異様な思い込みがある。
二〇〇七年四月、沖縄付近で行われた模擬空中戦で、空自のF15とF4戦闘機は、米空軍のステルス戦闘機F22に完敗した。空自の戦闘機はレーダーで相手を発見できず、次々に「撃墜」されたのだ。
これでステルス機のとりこになった空自だが、米議会によるF22の輸出禁止決議で断念。ゲーツ前米国防長官から「代わりにF35はどうか」と進言され、今日に至っている。
F35の特徴もステルス性にある。だが、高額なF22の代替機として開発された廉価版に過ぎない。F22ほどのステルス性はなく、エンジンも双発から単発に減らしたため最高速度はマッハ一・七とかなり遅い。
ステルス機の欠点のひとつは、レーダー波を吸収する特殊塗料を塗り直す必要などから整備性が悪い点にある。今年一月、カナダ議会で証言を求められた米シンクタンク「国防情報センター」のホイーラー氏は「F22の任務遂行率は六一%。B2爆撃機は五五%と報告されている。もしF35がこのパターンを破るなら、最初のステルス機になる」と稼働率の低さを指摘し、「最終的な性能は貴国が購入した後にしか分からない」とカナダ議会に警告した。
F35は英、イタリア、オーストラリアなど八カ国が購入を前提に開発費を出したが、正式に購入契約したのは米国の五十九機を除けば、英の二機、オランダの一機にとどまっている。開発中だけに将来どんな不具合が起きるか分からず、各国とも様子見しているからだ。先のカナダのように独自調査に乗り出す国も出てきた。
そうした中、購入に意欲をみせる日本は最良のお客様だろう。十月初旬、ロ社は都内のホテルにF35のシミュレーターを持ち込み、マスコミ相手に説明会を開いた。
「防衛省の期限までに納入できる」「技術提供につながるライセンス生産(ラ国)は可能だ」「価格は一機六千五百万ドル(約五十億円)と格安」。過去のマイナス報道を覆すひびきのよい話が続いたが、真偽のほどは不明だ。
まず、米国向けでさえ「早くて二〇一七年からの配備」と伝えられるのに、防衛省の求める「一七年三月まで」の納入は可能なのか。また、イタリアで欧州向け機体の組み立てを認めるものの、「国有地内での作業」「最終チェックの米国人の立ち会い」など技術流出に目を光らせる条件付きである。それが一転して、日本ではラ国を通じて技術提供するというのだから信用できるはずがない。
日本の防空力を低下させる
一番の問題は価格だろう。「ロ社の広報担当は『六千五百万ドルは、各種搭載機器を除いたもの』と明かした」(米国の専門紙「ネイビータイムズ」九月十一日付電子版)と報道される一方で、日本の説明会でロ社は「六千五百万ドルにはすべての装備が含まれる」と強弁した。本当のところはロ社にしか分からない。
空自が実情を知らないはずがない。〇五年、防衛省の航空幕僚監部に次期戦闘機企画室を置き、候補機の情報収集を進めてきた。F35の調査には六億八千万円もの協力費を米政府に支払っている。
それでもステルス機欲しさから、開発の遅れ、不透明な価格、困難なラ国などの問題点に目をつぶろうとしている。空自は次期支援戦闘機(FSX)選定問題を忘れたのだろうか。
FSX選定を開始した一九八五年、空自は運用要求書に「空対艦ミサイルを四本搭載する」と入れた。米国の戦闘機でさえ搭載できるのは二本まで。「存在しない戦闘機」は日本で開発するしかない。国産戦闘機が欲しい空自と防衛産業が二人三脚で行った謀略戦だった。
当然ながら、米政府は「米軍機でさえ満足できない要求自体がおかしい」とクレームを付けた。FSXは日米の政治問題となり、米国のF16戦闘機を改造したF2支援戦闘機を日米で共同開発することで決着した。
しかし、この重たいミサイル四本が主翼に亀裂を入れるなど不具合が相次いだ。計画した生産機数を百四十一機から九十四機に下方修正せざるを得なくなり、今年九月、最終号機が三菱重工業から納入され、その生産を終えたのである。ここから得られたのは「不公正なルールはつくらない」という教訓だが、航空自衛隊は何一つ学んでいない。
FX選定を開始して六年。この間に技術は進み、防衛省はステルス機を発見できる新型レーダーと赤外線装置を含む探知システム網を開発した。ロシアのステルス機「T50」には敵ステルス機を探知できるレーダーを搭載する。FXが配備されるころには世界中でステルス機対策が取られるだろう。
ステルス偏重のゆがんだ欲望は、誤った選択を招き、日本の防空能力を低下させる亡国の道をたどりかねないのである。
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