アイフォーンを 諦めきれないドコモ
相性もスジも悪いのだが
2011年11月号公開
「NTTドコモからスマートフォンが十四機種も出ましたが、これが絶対ほしい、というのが一つでもありますか?」
こう自嘲気味に笑うのは当のドコモの中堅幹部だ。ドコモの山田隆持社長は十月十八日、二〇一一~一二年冬春の携帯電話新機種二十四機種を発表した。このうち十四機種はスマートフォンで四機種については次世代通信規格「LTE」(サービス名はクロッシィ)に対応させる、というのがこの日の発表の目玉だった。山田社長は「端末、サービス、ネットワークがそれぞれ大きく進化した、まさに新世代のスマートフォンだ」と胸を張った。
だが端末を見てみれば、目立ったのはドコモが入れ込んでいる韓国サムスン電子製の「GALAXY S・」ぐらい。残りはNEC製の「MEDIAS」、富士通製の「ARROWS X」、韓国LGエレクトロニクスの「Optimus」など、国際的にはほとんど名の通っていないマイナー端末ばかりだった。
決定的に欠けているもの。それは言わずとしれたスマートフォンの代名詞、米アップルの「iPhone(アイフォーン)」だ。
十月四日、アップルは新機種「アイフォーン4S」を同月十四日からKDDI(au)でも販売すると電撃発表した。これまでソフトバンクモバイルが日本国内で独占的に販売していたアイフォーンにKDDIが参入することで大きな話題になった。
ソフトバンクもこれに対抗して、アイフォーン4S購入者に対して、前機種までのアイフォーンの割賦残債を帳消しにしたり、アップルのタブレット端末「iPad2」の通信料金を一定容量まで無料にするなどといった対抗策を発表。巷は「アイフォーンはKDDIが得か、ソフトバンクが得か」という議論一色、ドコモは完全に蚊帳の外に置かれていたのだ。
ドコモの山田社長は同日の会見でアイフォーンについて問われると、悔し紛れにこう語った。「ラインナップの一つとして入れるのにやぶさかではないが、主軸は(米グーグルのOS)アンドロイドを使ったスマートフォンになる」。
王座にはキャリア(通信会社)が座り、そこにファミリーと呼ばれる複数の端末メーカーがぶら下がる、これまでの日本の携帯電話産業のピラミッド型構造を先導してきたドコモらしいセリフだ。だが、この発言の背景にはさまざまな事情が隠されている。
ドコモの端末調達部門にかかわる関係者はこう話す。「山田社長の発言は、両にらみの苦渋の判断でひねり出された文句なのだ」。同関係者によるとドコモ社内では、「世界的にはアンドロイド陣営によるアイフォーンの包囲網が広がりつつある」「KDDIやソフトバンクがアイフォーンに乗るのなら、これを逆手にとってドコモ=アンドロイドと打ち出しやすくなる」といったアンドロイド主戦論が主流になりつつあるという。
確かにアップルから高い販売ノルマと、安いパケット定額料金を要求されるアイフォーンにドコモは乗りにくい。通常のスマートフォン向け定額料金と、アイフォーン特別料金ではソフトバンクが月額五千四百六十円に対し四千四百十円、KDDIが五千四百六十円に対し四千九百八十円と、いずれも一千円から五百円安い優遇料金を設定している。顧客をすべてアイフォーンに吸い込み、他のスマートフォンを有名無実化する、まさにこれがアップル商法なのだ。
ただ、こうしたアイフォーン優遇策は新規参入者のソフトバンク(九月末シェア二二%)や、シェアが漸減しているKDDI(同二七%)だからできる蟷螂の斧だ。シェア四八%、加入者五千九百万人を抱えるドコモが仮に現在の定額より一千円安い特別料金を設定すれば、その減収インパクトは半端ではない。
つまり、アイフォーンのビジネスモデルは、世界でも希に見る高シェアを誇るドコモには、相性もスジも悪すぎるのである。
「それでも」と同関係者は続ける。「山田社長が『アイフォーンなど要らない』と言い切れないのには理由がある。すでにドコモは次のアイフォーン5の獲得に動き始めているからだ」。
アップルは十月四日、アイフォーン4Sを発表したが、それまでにさまざまな噂がインターネット上を駆け巡った。その一つが「アップルは現行のアイフォーン4のアップグレード版と、アイフォーン5の両方を発表する」というものだ。結果、誰もがアイフォーン5だと思っていたものはアイフォーン4Sであり、5は存在するのかしないのかいまだに宙に浮いたままだ。
アップルとサムスンが全世界で互いに販売差し止め訴訟を起こしているのは周知の通りだ。だが、IT業界内で根強くこんな説がある。「アップルは当初十月にアイフォーン5も発表する計画だった。だが、サムスンとの訴訟の成り行き次第で万が一販売差し止めが通れば被害は甚大になる。そのためアイフォーン5だけ発売を先延ばしした」という説だ。
逆に言えば、アイフォーン5の発売を控えて、アップルはサムスンとの電撃和解の準備を進めていると見ることもできる。「ドコモもその動きに呼応している」と前出の関係者は指摘する。
ドコモは〇八年にアイフォーンが日本に上陸した当初から獲得合戦に参戦し、再三煮え湯を飲まされてきた。その結果、一〇年、破格の条件でサムスンと組み、国内で端末を売りさばいた。GALAXY Sは全世界でヒットしたが、ドコモの肩入れぶりがアップル対サムスン戦争の導火線に火をつけたともいえるのだ。
アップルのティム・クックCEOは四日の記者会見で「世界の携帯電話に占めるアイフォーンのシェアは五%。まだ残り九五%もある」と語った。アップルも、世界でのアイフォーン出荷台数の伸びが鈍っている現状では、新たなキャリアにアイフォーンを供給する必要性に駆られているはずだ。
ドコモの山田社長は、ソフトバンク、KDDI両社のアイフォーン獲得のあおりで、「アイフォーン発売後四日間の顧客流出が通常の二・五倍になった」と打ち明けた。これまでアイフォーンは欲しいが通信品質で劣るソフトバンクに移るのをためらっていたユーザーが、KDDIの参入によって同社に大挙して流出していると見られる。ドコモの出血は全体から見れば微々たるものとはいえ、今後ボディーブローのように効いてくるだろう。
ドコモ・サムスン連合対アップル。電撃和解でドコモはアイフォーンとGALAXY Sの二莵を得ることができるのか。訴訟リスクとさらなるユーザー獲得の思惑が交錯するチキンレースが日本で見られるかもしれない。
こう自嘲気味に笑うのは当のドコモの中堅幹部だ。ドコモの山田隆持社長は十月十八日、二〇一一~一二年冬春の携帯電話新機種二十四機種を発表した。このうち十四機種はスマートフォンで四機種については次世代通信規格「LTE」(サービス名はクロッシィ)に対応させる、というのがこの日の発表の目玉だった。山田社長は「端末、サービス、ネットワークがそれぞれ大きく進化した、まさに新世代のスマートフォンだ」と胸を張った。
だが端末を見てみれば、目立ったのはドコモが入れ込んでいる韓国サムスン電子製の「GALAXY S・」ぐらい。残りはNEC製の「MEDIAS」、富士通製の「ARROWS X」、韓国LGエレクトロニクスの「Optimus」など、国際的にはほとんど名の通っていないマイナー端末ばかりだった。
決定的に欠けているもの。それは言わずとしれたスマートフォンの代名詞、米アップルの「iPhone(アイフォーン)」だ。
すでにアイフォーン5獲得に動く
十月四日、アップルは新機種「アイフォーン4S」を同月十四日からKDDI(au)でも販売すると電撃発表した。これまでソフトバンクモバイルが日本国内で独占的に販売していたアイフォーンにKDDIが参入することで大きな話題になった。
ソフトバンクもこれに対抗して、アイフォーン4S購入者に対して、前機種までのアイフォーンの割賦残債を帳消しにしたり、アップルのタブレット端末「iPad2」の通信料金を一定容量まで無料にするなどといった対抗策を発表。巷は「アイフォーンはKDDIが得か、ソフトバンクが得か」という議論一色、ドコモは完全に蚊帳の外に置かれていたのだ。
ドコモの山田社長は同日の会見でアイフォーンについて問われると、悔し紛れにこう語った。「ラインナップの一つとして入れるのにやぶさかではないが、主軸は(米グーグルのOS)アンドロイドを使ったスマートフォンになる」。
王座にはキャリア(通信会社)が座り、そこにファミリーと呼ばれる複数の端末メーカーがぶら下がる、これまでの日本の携帯電話産業のピラミッド型構造を先導してきたドコモらしいセリフだ。だが、この発言の背景にはさまざまな事情が隠されている。
ドコモの端末調達部門にかかわる関係者はこう話す。「山田社長の発言は、両にらみの苦渋の判断でひねり出された文句なのだ」。同関係者によるとドコモ社内では、「世界的にはアンドロイド陣営によるアイフォーンの包囲網が広がりつつある」「KDDIやソフトバンクがアイフォーンに乗るのなら、これを逆手にとってドコモ=アンドロイドと打ち出しやすくなる」といったアンドロイド主戦論が主流になりつつあるという。
確かにアップルから高い販売ノルマと、安いパケット定額料金を要求されるアイフォーンにドコモは乗りにくい。通常のスマートフォン向け定額料金と、アイフォーン特別料金ではソフトバンクが月額五千四百六十円に対し四千四百十円、KDDIが五千四百六十円に対し四千九百八十円と、いずれも一千円から五百円安い優遇料金を設定している。顧客をすべてアイフォーンに吸い込み、他のスマートフォンを有名無実化する、まさにこれがアップル商法なのだ。
ただ、こうしたアイフォーン優遇策は新規参入者のソフトバンク(九月末シェア二二%)や、シェアが漸減しているKDDI(同二七%)だからできる蟷螂の斧だ。シェア四八%、加入者五千九百万人を抱えるドコモが仮に現在の定額より一千円安い特別料金を設定すれば、その減収インパクトは半端ではない。
つまり、アイフォーンのビジネスモデルは、世界でも希に見る高シェアを誇るドコモには、相性もスジも悪すぎるのである。
「それでも」と同関係者は続ける。「山田社長が『アイフォーンなど要らない』と言い切れないのには理由がある。すでにドコモは次のアイフォーン5の獲得に動き始めているからだ」。
アップルとサムスンの和解に呼応
アップルは十月四日、アイフォーン4Sを発表したが、それまでにさまざまな噂がインターネット上を駆け巡った。その一つが「アップルは現行のアイフォーン4のアップグレード版と、アイフォーン5の両方を発表する」というものだ。結果、誰もがアイフォーン5だと思っていたものはアイフォーン4Sであり、5は存在するのかしないのかいまだに宙に浮いたままだ。
アップルとサムスンが全世界で互いに販売差し止め訴訟を起こしているのは周知の通りだ。だが、IT業界内で根強くこんな説がある。「アップルは当初十月にアイフォーン5も発表する計画だった。だが、サムスンとの訴訟の成り行き次第で万が一販売差し止めが通れば被害は甚大になる。そのためアイフォーン5だけ発売を先延ばしした」という説だ。
逆に言えば、アイフォーン5の発売を控えて、アップルはサムスンとの電撃和解の準備を進めていると見ることもできる。「ドコモもその動きに呼応している」と前出の関係者は指摘する。
ドコモは〇八年にアイフォーンが日本に上陸した当初から獲得合戦に参戦し、再三煮え湯を飲まされてきた。その結果、一〇年、破格の条件でサムスンと組み、国内で端末を売りさばいた。GALAXY Sは全世界でヒットしたが、ドコモの肩入れぶりがアップル対サムスン戦争の導火線に火をつけたともいえるのだ。
アップルのティム・クックCEOは四日の記者会見で「世界の携帯電話に占めるアイフォーンのシェアは五%。まだ残り九五%もある」と語った。アップルも、世界でのアイフォーン出荷台数の伸びが鈍っている現状では、新たなキャリアにアイフォーンを供給する必要性に駆られているはずだ。
ドコモの山田社長は、ソフトバンク、KDDI両社のアイフォーン獲得のあおりで、「アイフォーン発売後四日間の顧客流出が通常の二・五倍になった」と打ち明けた。これまでアイフォーンは欲しいが通信品質で劣るソフトバンクに移るのをためらっていたユーザーが、KDDIの参入によって同社に大挙して流出していると見られる。ドコモの出血は全体から見れば微々たるものとはいえ、今後ボディーブローのように効いてくるだろう。
ドコモ・サムスン連合対アップル。電撃和解でドコモはアイフォーンとGALAXY Sの二莵を得ることができるのか。訴訟リスクとさらなるユーザー獲得の思惑が交錯するチキンレースが日本で見られるかもしれない。
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