本に遇う 連載 141
「やましき沈黙」の教訓
河谷史夫
2011年9月号
『天皇陛下萬歳』や『眉屋私記』といった類まれな記録文学作品を書き残した上野英信は、物書きとしての心構えを問われ、「自戒だが」と前置きした上でこう答えた。
「時間を惜しむな/金を惜しむな/いのちを惜しむな」
筑豊に盤踞して、己の主題を表現すべく、文献に当たり、人を訪ね、事実を集め、資料を読み込み、一字一字書きつけていった上野英信にして発し得た言葉である。
わたしには、これがノンフィクションの世界に生きる者に通ずる戒律であると思われる。
ノンフィクションの貧困が云々されて久しい。理由が考えられるけれど、今は触れない。ここで言いたいのは当今「NHKスペシャル」にこそ「上野の戒律」は生きているらしいことである。とりわけ「戦争」と「原爆」を題材にした作品群は傑出している。
夏は新聞も続き物を載せるが、上ッ面を撫でたようなものが少なくない。民放はどだいお話にならない。しかるにNHKの作品には、どれほど金と時間と人をかけたのだろうかと思わ・・・