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経済

再生可能エネルギー「期待過剰」の愚

一層の資源枯渇に窮する日本

2011年9月号公開

 福島第一原子力発電所事故を契機として、発電時に炭酸ガスを排出しない再生可能エネルギー信仰が世界的に蔓延している。すでに環境先進国を自負する欧州諸国では、ドイツ、スイス、イタリアが脱原子力発電政策を決め、再生可能エネルギーによる代替案を打ち出している。日本でも一千キロワットを超える大規模太陽光発電(メガソーラー)プロジェクトが各地で打ち出されるなど、全体が再生可能エネルギー・バブルに酔いしれる様相を呈している。

 これまで、太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーは高コストとの批判を受けてきた。しかし、近年、中国企業の参入に伴う価格破壊と大量生産が続き、数年のうちに発電コストは一キロワット時当たり十円以下になると予想されており、この批判はいまや当たらない。

 だが、高コスト問題が解決したとしても、再生可能エネルギーにはエネルギー論的には解決できない大きな問題を抱えている。「エネルギー収支」、つまりエネルギーを取り出すためにどれだけのエネルギー投入が必要かという「資源枯渇論」の本質に関わる課題だ。

エネルギー論の本質から逸脱


 エネルギー収支とは、数式で示せば、エネルギー収支比率=(ライフサイクル中に得られるエネルギー量)÷(エネルギーを得るためにライフサイクルにおいて必要な投入エネルギー量)と表せる。

 簡単な例で説明するならば、中東の油田の多くは、陸上の自噴油田であり、こうした油田の場合には、一度油田を掘ってしまえば、それ以後になんのエネルギーを投入しなくとも、石油というエネルギーが手に入る。したがって、掘削という一のエネルギー投入量に対し、一〇〇倍のエネルギーが得られることから、エネルギー収支比率は一○○となる。ところが、オイルサンドのような未成熟の超重質油から石油を取り出すためには、巨大な蒸留設備を建設し、大量の熱水注入で重質油を流動化し、軽い油とする必要がある。結局、オイルサンドからガソリンを作り出そうとすれば、一○○のエネルギーを得るために、五のエネルギー投入量が必要となり、エネルギー収支比率は二○程度と極めて低くなる。

 このように考えると、エネルギー収支比率が絶対に一以上であることがエネルギーとして必須条件であるうえ、その数値が大きいほど資源を無駄にしない優れたエネルギーということとなる。逆にエネルギー収支比率が一以下の場合には、得られるエネルギーよりも投入されるエネルギーのほうが大きく、何のためにエネルギーを開発するのか意味がまったく分からなくなってしまうのだ。

 いくら海水中に原子力発電所を六万年分稼働させるウランが存在しても、日本の周辺海域に百年分の天然ガスの原料となるメタンハイドレートが存在するといっても、エネルギーとしての埋蔵量として認められていないのは、それらの資源がエネルギー収支比率で一以下であるためだ。

 米国ケンブリッジ・エネルギー調査研究所(CERA)をはじめとした有力なエネルギー機関の試算によれば、エネルギー収支比率は中東油田で一○○、カタールの天然ガスで一○○、水圧入を必要とするシェールガスで三○、パワーショベルによる掘削を必要とする石炭で五○とそれぞれ圧倒的に高いエネルギー収支比率を誇る。

 対して、世界のエネルギー専門家の試算では原子力は二○、風力発電は一五、太陽光発電はわずかに五と化石燃料と比較して極端に低いのだ。原子力や再生可能エネルギーの場合には、発電にあたって巨大な設備建設が必要であり、そのためのエネルギー投入が莫大で、さらに風力、太陽光は発電効率が極めて低いためだ。

 つまり、石油をはじめとした化石燃料の資源枯渇を恐れて、太陽光発電を推進すれば、石油と比較して二十倍も効率が悪く、地球全体として資源のムダ遣いが発生する、いわばエネルギー論の本質から逸れた無謀な政策が再生可能エネルギー促進の実態なのだ。

資源ナショナリズムが日本を翻弄


 さらに、より問題であることは、季節や天候条件によって出力が激しく変動する再生可能エネルギーの妄信的な拡大は、電力系統の不安定化をもたらし、その安定化のためには、かえって資源枯渇を進めるという矛盾を孕むことである。リチウムイオン電池、燃料電池、電気自動車をはじめとしたハイテク機器による補完が必要となるためだ。こうしたハイテク機器は、リチウム、コバルトをはじめとしたレアメタル(希少金属)、ジスプロシウムをはじめとしたレアアース(希土類)を大量に消費する。

 レアメタルは文字通り、鉄をはじめとしたベースメタル(汎用金属)と比較して、資源的に希少であり、採掘が技術的に困難で、資源が特定国に集中している。リチウムの埋蔵量の五割以上はボリビアに、白金の埋蔵量の九割は南アフリカとロシアに集中している。資源が特定の国に集中すると資源ナショナリズムが高まりやすい。このため、わずかな需要変動や売り惜しみ、買い占めによって、価格が短期間のうちに暴騰する。リチウムはパソコン、携帯電話の蓄電池に利用され始めて以降、この十年間で価格が五倍に上昇した。ジスプロシウムは電気自動車などの高性能モーターの永久磁石として大量に利用された結果、この五年で実に八十倍へと価格が高騰した。一部のレアメタルやレアアースでは代替物質研究も進んでいるが、実用化には早くてもまだ数年を要し、長期的な可能性はともかく、短期的な解にはとてもなりえない。

 太陽電池、リチウムイオン電池の分野で日本は先行しながら、生産コストの安さから中国などアジア企業にその座を奪われ始めている。だが、レアメタル、レアアース価格の高騰は、中国、韓国企業にとって一つも困った事態には直結しない。ハイテク製品を作る部品・素材の圧倒的なシェアは依然日本企業が占めているが、最終製品の価格デフレが世界的に進展する中で、レアメタル、レアアースの価格高騰は日本企業の収益基盤を直撃する。資源小国日本の発明が、特定国への資源依存へ日本を追い込み、資源ナショナリズムに翻弄され自らの首を絞めるという笑えない矛盾に直面しているのだ。

 米国に始まるシェールガス・オイル革命によって、世界的に化石燃料資源の埋蔵量が増加し、「石油・天然ガスの寿命は二百年」(米国エネルギー省高官)といわれる状況において、資源枯渇を恐れるあまりの再生可能エネルギー信仰は、足元で逆に世界的な資源枯渇を進めている。「地球に優しい」とされる再生可能エネルギーへの期待過剰が、資源ナショナリズムを一段と強め、レアメタル、レアアース価格高騰の常態化をもたらし、日本経済と日本企業を苛め続ける日を見ることとなろう。


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