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社会・文化

これでいいのか「震災報道」

マーティン・ファクラー(ニューヨーク・タイムズ東京支局長)

2011年5月号公開

 ---未曽有の震災を受け、メディアは異例の報道態勢を敷いてきました。
 
 ファクラー 日本のメディアの震災報道をみると、「非常に慎重」という印象だ。典型的なのが福島第一原子力発電所の事故にまつわる一連の報道だが、彼らは東京電力が発表していることを忠実に伝えようとしていた。もっといえば、政府当局や東電からの発表をそのまま伝えているだけだ。記者クラブに陣取って情報が手渡されるのを待つだけという、従来の報道パターンを踏襲しているといっていい。各紙の視点に際立った違いがないまま、ほぼ同じような内容を毎日垂れ流しているのをみれば分かる。

 ---メディア側のイニシアチブが感じられないと。
 
 ファクラー 自分から進んでネタを探して報道するという精神がほとんどない。少なくとも、当局側と対峙して、国民側について報道する姿勢が感じられない。大マスコミになればなるほど、その傾向は強い。すでに一般の市民は東電が出す情報に対し、大いに懐疑的になっている。大メディアが一般人の立場に立ったうえで事態を理解しているかどうか。日本の大新聞の紙面と比較して、ニューヨーク・タイムズの場合は日本の当局に対してもっと批判的であり、懐疑心もはるかに強い。それにはワシントンから次々と情報が入ってくることとも関係があると思うが。

 ---NYタイムズは、NRC(米原子力規制委員会)の極秘査定報告書を入手されました。

 ファクラー 事故は日本で起きているにもかかわらず、ワシントンから入ってくる情報の方が多いというのは実に奇妙な感じがする。報告書は日本の政府当局が公表しているものよりもさらに詳細で、日本の事故対応にも疑問を呈するなど、より厳しい現状認識が示されている。日本政府は福島原発の被害をレベル7に引き上げたが、それ以前から、より懐疑的な見方は海外メディアを通じて伝えられていた。その点では日本のメディアの働きはほとんど見られなかった。

 ---この震災報道を通じて海外メディアと日本メディアの違いは。

 ファクラー 一言でいえば、日本のジャーナリズムは受け身のジャーナリズムだ。日本新聞協会が出す賞をみれば象徴的だが、賞をもらう人はスクープをするのではなく、与えられる人だ。調査報道でも何でもない。記者が記者クラブの席に座り、情報源とお酒を飲みに行き、時間が経つにつれて仲良くなる。それでスクープをもらい、賞になる。米国では人がやらないことを自ら調査・報道し、それが評価される。日本では、下りてくる情報の中身を精査する方法を知らないし、知ろうともしていないのではないか。

 ---「受け身のジャーナリズム」を生む原因はどこにあるのでしょうか。

 ファクラー 読者層も含めた市民参加型社会の欠如にほかならない。日本の大メディアの問題は、東電や政府など取材対象者との関係が近すぎることだ。メディア自体がエリート層の一部になっているから、政府と敵対関係になれない社会だ。米国でもワシントンでは同様の問題を抱えているが、近すぎると記者が自ら距離を置くように、常に綱引きが行われている。この一連の震災報道を通じて、大マスコミが似たような情報を垂れ流している姿に市民側は辟易しており、不信感さえ募らせているようにみえる。憂慮すべき状況だ。

〈インタビュアー 編集部〉

マーティン・ファクラー(ニューヨーク・タイムズ東京支局長)
カリフォルニア大学バークレー校大学院修了。1996年からブルームバーグ東京支局記者、AP通信社ニューヨーク本社、東京支局、北京支局を経て、上海支局長を務めた。05年ニューヨーク・タイムズ東京支局記者、09年2月より現職。
 


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