原発は今後も伸び続ける
柏木 孝夫(東京工業大学教授)
2011年4月号公開
――福島原発の事故が日本のエネルギー政策を根本から問い直しています。
柏木 昨年六月に策定したエネルギー基本計画では、二〇三〇年の電力量に占める原子力発電比率は五〇%を謳った。今後二十年で十四基以上を新たに新設するという内容だが、抜本的に見直さざるを得ない。原発推進のスタンス、特に新設に対する考え方は大きな修正を余儀なくされるだろう。だが、危険な原子力は全廃せよと唱えることは容易だが、果たして現実的か。「積極推進」か「全廃」かという二者択一の議論には解はないと考えている。
――原発を放棄することは現実的ではないと。
柏木 仮に日本がどうあれ、新興国は猛烈な経済成長を目指す。経済が伸びればエネルギー消費が伸びるのは不可避だ。その場合、苛烈な資源争奪戦も抑え、持続可能な成長を助けるエネルギー源を考えれば、自ずと選択肢は限られる。エネルギー量の比較では、ウラン一グラムに対して石炭は三トン。つまり三百万倍の高発熱量を誇るわけで、世界が原子力を手放すとは考えにくい。特に産業セクターにはどうしてもメガインフラが必要となり、現状、化石燃料か原子力に頼る以外にない。割安だと判断されるうちは、世界では今後も原子力は伸び続ける。世界が原子力を捨てない以上、彼らには最先端の技術で運用してもらわなければならない。その時、日本の技術・経験上の蓄積も大きな意味を持つのではないか。
――安全面での懸念から化石燃料への回帰を望む声はやはり強いです。
柏木 短期的にはそう進むだろう。液化天然ガス(LNG)やシェールガスは追い風が吹いており、有効な資源ではある。ただ、LNG一辺倒になれば、いずれ資源コストは上昇する。化石燃料には資源枯渇の問題がどうしても付きまとう。有限な資源を取り尽くした先の展望はない。化石燃料を使う際には、CO2排出などの社会コストや資源枯渇の問題を考慮した高度利用が不可欠だが、これもいずれコスト要因になろう。今後も、世界は化石燃料を無尽蔵に燃やす方向には進まない。
――原発の位置付けは今後も変わらないということですか。
柏木 もっとも原子力も、これまでのような「低廉なエネルギー」との単純な認識は改めなければならない。既存設備も含めてより強固な災害・安全対策が不可欠で、これらはコスト上昇要因となる。費用便益関係はもとより、市民感情も踏まえて原発を捉え直す必要がある。今回は原子力の負の側面が浮き彫りになったが、一方で化石燃料は安定的だがCO2と資源枯渇の問題を抱える。自然エネルギーもコストは安いが不安定と、それぞれ光と影を持つ。原子力、化石燃料、自然エネルギーは互いにコスト上昇を抑制する関係にあり、時々のベストミックスの追求でしかエネルギー問題の解決はない。
――今後も原子力と付き合ううえで浮き彫りになった課題は。
柏木 技術的な問題のほかに、今回の事故では、もっと初期段階で海水を注入していれば、被害を最小限度に抑えられたという人為的ミスの議論もある。初動体制の在り方は再検討されるべきだ。また一極集中の立地政策も問題だ。「原子力村」と称される、学会を中心とした強い閉鎖性の問題もある。技術に「絶対」や「完璧」はない以上、これらの課題を直視しながら、制御できる原子力技術の開発を進めていくしかない。
〈インタビュアー 編集部〉
柏木 孝夫(東京工業大学教授)
1946年東京都生まれ。79年東京工業大学大学院博士号取得。2007年より現職。経済産業省の総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会長、国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)執筆代表者などを歴任。07年から日本エネルギー学会会長を務める。
柏木 昨年六月に策定したエネルギー基本計画では、二〇三〇年の電力量に占める原子力発電比率は五〇%を謳った。今後二十年で十四基以上を新たに新設するという内容だが、抜本的に見直さざるを得ない。原発推進のスタンス、特に新設に対する考え方は大きな修正を余儀なくされるだろう。だが、危険な原子力は全廃せよと唱えることは容易だが、果たして現実的か。「積極推進」か「全廃」かという二者択一の議論には解はないと考えている。
――原発を放棄することは現実的ではないと。
柏木 仮に日本がどうあれ、新興国は猛烈な経済成長を目指す。経済が伸びればエネルギー消費が伸びるのは不可避だ。その場合、苛烈な資源争奪戦も抑え、持続可能な成長を助けるエネルギー源を考えれば、自ずと選択肢は限られる。エネルギー量の比較では、ウラン一グラムに対して石炭は三トン。つまり三百万倍の高発熱量を誇るわけで、世界が原子力を手放すとは考えにくい。特に産業セクターにはどうしてもメガインフラが必要となり、現状、化石燃料か原子力に頼る以外にない。割安だと判断されるうちは、世界では今後も原子力は伸び続ける。世界が原子力を捨てない以上、彼らには最先端の技術で運用してもらわなければならない。その時、日本の技術・経験上の蓄積も大きな意味を持つのではないか。
――安全面での懸念から化石燃料への回帰を望む声はやはり強いです。
柏木 短期的にはそう進むだろう。液化天然ガス(LNG)やシェールガスは追い風が吹いており、有効な資源ではある。ただ、LNG一辺倒になれば、いずれ資源コストは上昇する。化石燃料には資源枯渇の問題がどうしても付きまとう。有限な資源を取り尽くした先の展望はない。化石燃料を使う際には、CO2排出などの社会コストや資源枯渇の問題を考慮した高度利用が不可欠だが、これもいずれコスト要因になろう。今後も、世界は化石燃料を無尽蔵に燃やす方向には進まない。
――原発の位置付けは今後も変わらないということですか。
柏木 もっとも原子力も、これまでのような「低廉なエネルギー」との単純な認識は改めなければならない。既存設備も含めてより強固な災害・安全対策が不可欠で、これらはコスト上昇要因となる。費用便益関係はもとより、市民感情も踏まえて原発を捉え直す必要がある。今回は原子力の負の側面が浮き彫りになったが、一方で化石燃料は安定的だがCO2と資源枯渇の問題を抱える。自然エネルギーもコストは安いが不安定と、それぞれ光と影を持つ。原子力、化石燃料、自然エネルギーは互いにコスト上昇を抑制する関係にあり、時々のベストミックスの追求でしかエネルギー問題の解決はない。
――今後も原子力と付き合ううえで浮き彫りになった課題は。
柏木 技術的な問題のほかに、今回の事故では、もっと初期段階で海水を注入していれば、被害を最小限度に抑えられたという人為的ミスの議論もある。初動体制の在り方は再検討されるべきだ。また一極集中の立地政策も問題だ。「原子力村」と称される、学会を中心とした強い閉鎖性の問題もある。技術に「絶対」や「完璧」はない以上、これらの課題を直視しながら、制御できる原子力技術の開発を進めていくしかない。
〈インタビュアー 編集部〉
柏木 孝夫(東京工業大学教授)
1946年東京都生まれ。79年東京工業大学大学院博士号取得。2007年より現職。経済産業省の総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会長、国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)執筆代表者などを歴任。07年から日本エネルギー学会会長を務める。
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