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社会・文化

留学生減少は「日本の危機」

ドルー・ギルピン・ファウスト(ハーバード大学学長)

2011年2月号公開

 ---ハーバード大学が世界一であり続ける秘密はどこにありますか。

 ファウスト ハーバードの起源はアメリカ建国より一世紀以上も遡るが、当時から教育こそ、自由と平等と機会が実現されるべきとの伝統がある。そのなかで、学生たちが将来どんな分野に進もうとも、異なる国や文化に精通していることが必要で、そのためにもハーバードが国際色豊かであることは非常に重要だと考えている。多様性こそ教育の本質だ。我々は学生が異国と交流することを大いに支援しているし、世界中から留学生をリクルートすることにも力を入れている。

 ---一方で昨年度、日本からハーバードへの学部新入生は一人、まもなくゼロになろうとしています。

 ファウスト 一八七二年に最初の日本人留学生が来て以来、ハーバードで学んだ日本人は三千人以上に及ぶ。これはイギリス、カナダに次ぐ三位の数字だ。優秀な卒業生も多くいるが、彼らがハーバードで培ったものは、単に学問だけではなく、各国のトップ層との人脈づくりでもあったはずだ。そうした人脈は国家的に見ても重要な資産である。日本が国際社会と深くかかわり存在感を発揮してきたなかで、どれだけの恩恵をもたらしてきたことか。

 ---日本は留学生がもたらす価値や重要性を十分に理解していないと。

 ファウスト 高い教育水準を誇るハーバードで学ぶ留学生は各分野で活躍する優秀な人材が多く、彼らとの交流の機会を失うことは日本にとって大きな損失だ。私は日本に優秀な学生が多くいることを知っているし、先に訪日した際、ハーバードへの留学を奨励したが、残念なことに依然として志願者の急減は著しい。非常に残念であり、危惧もしている。当校の学部留学生全体ではこの十年で逆に二〇%増えているのに対して、日本からの留学生が減っているのは、まさに「時代の逆行」である。これ以上、日本の若い優秀な学生が内向き志向になることは日本の孤立化が進む危険な兆候ではないか。

 ---逆に中国、韓国などアジアの新興国の留学生が増えているようです。

 ファウスト 中国からの学部留学生は三十六人に達し、韓国は四十二人と増えており、我々は彼らを喜んで歓迎する。こうしたアジアの多くの国々が教育に多大の投資をしている。シンガポールはプレカレッジ(大学の前の教育)と大学教育ではリーダー的地位にあるが、それを韓国が猛然と追い上げている。中国も高等教育に携わる学生の数を何倍にも増やした。これらの動きは知識、教養が今日の世界でどれほど重要かを明確に示すものだと思う。

 ---逆に日本には、留学は新興国の証しであり、先進国と新興国との比較は意味がないとの批判もあります。

 ファウスト それには同意しかねる。イギリス、フランスは確かに留学生は少ないが、ハーバードはそもそもイギリスの伝統をアメリカでも継ぐために創設されたから、イギリスからハーバードに留学する意味は、アジアから留学する意味と比べるとはるかに少ない。日本はまぎれもなくアジアの国であり、そのアジアでも中国、シンガポール、韓国など東アジア諸国と同等に比較するのは当然であり、現実から目を逸らすべきではない。それは決して欧米との質の高低を意味するのではなく、文化、思考法が欧米とは異なるということだ。文化が異なる国からの留学生が減るというのは、学生にとっても決して望ましいことではない。


ドルー・ギルピン・ファウスト(ハーバード大学学長)
1947年米ニューヨーク生まれ。75年にペンシルベニア大学で米国文明に関する研究で博士号取得。2007年2月、女性ではハーバード大学初となる第28代学長に就任。専門は南北戦争期の米国南部史。


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