またもや逃げ切ったNTT
「埋蔵金」供出で葬った再編論
2010年12月号公開
土壇場の横綱相撲でNTTが競り勝った感がある。前総務大臣の原口一博がぶちあげ、ソフトバンク社長の孫正義が自社への利益誘導のためにその片棒を担いだ「光の道」構想の顛末である。
十一月二十二日、総務省で開催されたICTタスクフォース第一、第二合同部会は、八カ月におよぶ議論の最終報告書案をまとめた。ブロードバンド普及率一〇〇%を二〇一五年までに実現させるためにNTTから光回線保有部門を分離し、別会社化するという原口・孫構想を、NTTは見事に却下してみせた。
「(NTTの組織見直しは行わず)機能分離を行うことが現時点でもっとも現実的かつ効率的と考えられるのではないか」
「(ソフトバンクが提案している)光アクセス会社構想は、諸課題を踏まえると不確実性が高いのではないか」
新聞の見出し的に言えば、この報告書案は、「NTT組織問題に踏み込まず」「なにも決めない無難な妥協案」という評価を受けるかもしれないが、そうではない。そもそもが「光の道」構想自体、原口にとっては、将来の総理への道を実現するための「独占事業体へのメス」という美味しいテーマである。同時に孫にとっては光回線を安く借りられる環境を作り、貧弱な自社の携帯ネットワークをごまかせるという、両者の野合の産物だったからだ。
さはあれ、最後のNTTの巻き返しはやはり同社の地力の強さ、底知れない恐ろしさを示すのに十分だった。
利益共有で政権と一枚岩
実はこの発表の前週、毎日新聞がタスクフォースの報告書案をすっぱ抜いた。政府の審議会などが報告書をまとめる前に、その内容が新聞に漏れることはよくあることだ。最終決定に対してどんな批判がわき上がるかを見極める観測気球であったり、反対する陣営が抵抗するために、白日の下にさらす目的であったりする。今回の場合は後者だった。
「毎日に報告書案をリークしたのはソフトバンクだ。孫社長は、報告書がまとまる前に、内容をリークし、自らが批判するきっかけを作った」(マスコミ関係者)
事実、孫は報道後に新聞各社に意見広告を出したり、報道番組に出演したりと、縦横無尽に動き回った。
ソフトバンクの松本徹三副社長にいたっては「まだ議論が尽くされていないのに、なぜこういう官僚の作成した『案』がリークされるのでしょうか」とツィートしている。「自作自演」を任じての確信犯か。知らされていずにつぶやいたとすれば、もっと情けない話だが、いずれにせよ鼻白む光景ではあった。
一方、NTTはその間、報告書案のさらなる骨抜きに向けて暗躍していた。総務省幹部に圧力をかけ、毎日がすっぱ抜いた内容よりさらにNTT側に有利な、当たり障りのない内容に書き換えさせたのだ。
「インフラ部門とサービス部門で建物ぐらい別々にしてはどうか」。十一月二十二日のタスクフォースでは最終報告案のあまりの骨抜きぶりに、反ソフトバンクの委員からも難渋の声がきかれた。報告書には「NTT東西の組織形態の見直しは行わずに実現する方法」という新たな一文が加えられたのである。
強烈な「かがせ薬」があった。いわゆるNTT埋蔵金である。
十一月九日、本誌二月号既報のとおり、NTTは二〇一〇年三月末時点で保有する自己株式約二億五千万株を二年度に分けて消却すると発表した。
NTTは自社の株価下支えのため年間一千億円規模の自社株買いを続けてきた。これによって蓄積された金庫株は時価にして一兆円。NTTの発行済み全株式の一七%に上る。
これを消却すると十五億七千万株の発行済み株式数は十三億株程度まで圧縮され、現在の政府保有比率三三・七%は必然的に約四〇%にまで上昇する。NTT法では実質的な経営権を持てる三分の一以上のNTT株を政府が保有し続けるよう義務付けている。一七%分の消却完了で分母に当たる発行済み総数が減れば、政府の出資比率は四〇%程度に上昇し、追加放出による資金調達余地が出てくる。
NTTがこれを買い受け、この結果たまった金庫株を消却→政府が余剰分売却、という手続きを金庫株がなくなるまで繰り返すと、政府は総額で五千三百億円の国庫収入を得る計算になる。
財務省は余剰NTT株の第一回の放出をすでに検討しはじめている。二回にわたる事業仕分けも目標額に達せず、菅政権の財源不足は解消しそうにない。菅―仙谷―NTTはこうした利益共有の下に一枚岩なのだ。
早くもNTTが巻き返し
「ソフトバンクの反乱」が失敗に終わった今、NTTがどう巻き返しに出てくるかを市場関係者は興味をもって見守っている。
その一つが国際戦略だ。NTTの三浦惺社長は十一月九日の決算記者会見で、「M&A(企業の合併・買収)を展開中の海外での売上高を、一二年度には今期見込み比二・五倍の百億ドル (約八千九十三億円)に増やす」と宣言した。
十月には二千八百六十億円をかけて、NTT本体が南アのIT会社大手、ディメンション・データ社のTOB(株式公開買い付け)に成功。直後にNTTデータは米国キーン社を買収し、NTTは海外でネットワークインテグレーターへの脱皮を目論んでいる。
関係者は「NTTは将来、ディメンション社をグローバルビジネスの司令塔にして、NTTコミュニケーションズとNTTデータを傘下におくつもりではないか」と話す。これは単なる国際事業強化にあらず、国内事業の「軽量化」にこそ狙いがありそうだ。
NTTは一九九九年、持ち株会社の下にNTT東西事業会社と、長距離国際事業のNTTコムをぶら下げる形で再編されたが、十年たった今でも再統合の悲願はくすぶっている。その間に巨大化したNTTドコモの一〇〇%子会社化も当然のメニューとなる。
同社の両手足を縛る規制の論拠こそ、NTTを支配的事業者と規定する電気通信事業法であり、国際事業強化という大義名分の下、支配的事業者の認定をすり抜ける組織再編を狙っているとの見方がある。
今回の埋蔵金供出こそ、その布石であり、内閣改造によってタスクフォースからは原口一派が放逐された今、自社の規制や組織問題議論を思惑通り誘導し、NTTが組織強化の野望を果たす条件は着々と整いつつある。(敬称略)
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