西風 354
チンチン電車は残った
八木亜夫
2010年11月号
駅にある小屋のような出札所の窓口に貼られた木札に「出札係・石原裕次郎」とある。「あんた、ユージローさん?」と声をかけると、奥で新聞を読んでいた若い男が振り返って「ああ、それ、ジョーダン、ジョーダン、ハハハ」。あきれた乗客も、怒りもしないで笑っている。今はもう駅の出札所などとうになくなったが、昔はこんなのどかな光景がザラだった。それが、チンチンの路面電車。
この大阪のチンチン電車「阪堺電車」が今でも元気に走っている。天王寺駅前からの上町線と、恵美須町からの阪堺線が住吉で接続、さらに南へ、大和川を渡って堺市に入り、浜寺駅前まで、総延長十八・七キロ、四十駅。NHKの連続テレビ小説「てっぱん」でも、舞台が尾道から大阪に移って、毎朝のように、このチンチン電車が登場している。ただし、NHKだから、車体広告のハデハデなラッピングはなし。前身は明治三十(一八九七)年開業の大阪馬車鉄道というから、古い。三十年前に南海電気鉄道から独立した阪堺電気軌道が運行している。
路線のうち、堺市内の我孫子道─浜寺駅前間七・九キロを、四百二十五億円・・・