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社会・文化

コメ農家栄えて国滅ぶ

木村 福成(慶應義塾大学経済学部教授)

2010年11月号公開

 ――APECを前に通商政策がにわかに盛り上がりをみせています。

 木村 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)では関税の話が注目されがちだが、先進国同士の場合、関税はすでに低く、関税撤廃だけではさほど大きな経済効果はない。むしろ重要なのは新しい貿易体制の中で投資や知財などに関する貿易ルールを制定するチャネルが事実上、FTA(自由貿易協定)になるということだ。そうした国際ルール作りから締め出されれば、この先日本の競争力など維持できるはずがない。これがどれほど深刻で危険なことか、政治は理解しているのか。

 ――TPPをめぐっては案の定、農林族が「政争の具」にし始めました。

 木村 農村票欲しさに、農業保護を声高に謳う政治事情は民主党政権になっても続いているが、日本が置かれている状況をよく考えるべきだ。日本は今まさに埋没の危機にある。国内の政治事情を優先させる「大国の論理」で日本が貿易交渉を進めるなど、はなはだ時代錯誤だ。どのみち、国内農業が改革もせずにこのまま生き延びることは絶対に無理だ。農業の衰退は、自らの地盤を破壊するという意味で、本来農林族が最も困る事態のはずだ。しかし、旧来からの型どおりの理屈と抵抗をみると、農業の未来を真剣に考えているとはとても思えない。目先の政治対応のために、国全体が大きなコストを負ってしまうのは、困ったことだ。

 ――競争力を持とうとしない農業を保護する無駄金などないはずです。

 木村 そもそも戸別所得補償制度は、貿易自由化を前提とした安全網だったはずだ。しかし、貿易保護はそのままに補助金も出すというのだから、生産性向上には逆行し、国内農業の歪みを大きくするだけだ。戸別所得補償制度で農協を外し、利権構造の一角を崩したことで、歪んだ農業政策を「正論」に戻す好機だったが、結局は農家への利益誘導という発想しかないようだ。

 ――自由化で農業が壊滅するなどということが本当にあるのですか。

 木村 農林水産省は農業自由化による「被害額」を八兆円などと試算しているが、根拠は極めて薄い。一円でも安い米が輸入されれば、日本の米作がただちに消滅するという前提で意図的に膨らませた「被害額」で、こうした数字のトリックに騙されてはいけない。確かに自由化で米価は内外価格差分程度は下がるだろうが、仮に下落分を全額国が補償したとしても、たかだか六千億円程度の財政負担で済む。ましてや日本の農業の壊滅などという大袈裟な話ではない。もともとコメ農家保護の原資も消費者が負担してきたもので、米価の下落は単にその分を消費者に返してもらうだけのことなのだ。そのうえ、さらにコメ農家に手厚い補償をつけるなど、まさに亡国の政策だ。本当に「被害」を受けているのは消費者であり、守られるのはコメ農家ばかりだ。

 ――いまだに農業保護か自由化かの議論をしている現状をどうみますか。

 木村 今は国境を越えて生産ネットワークを構成する時代で、それには国境を越えた経済環境づくりが不可欠だ。FTAはその重要な道具だ。産業の海外流出を止められない中、せめて一部は国内に残すためにもこうした環境づくりを急がなければ、本来残せるものさえ失ってしまう。国を開いて少しでも国内産業の競争力を維持するか、農業保護に固執して国全体が滅ぶか。大局的に考えれば、答えなど明らかではないか。
 
 〈インタビュアー 編集部〉


木村 福成(慶應義塾大学経済学部教授)
1958年東京都生まれ。82年東京大学法学部卒業、91年ウィスコンシン大学で経済学博士号取得、ニューヨーク州立大学オルバニー校経済学部助教授を経て、2000年から現職。ASEAN+6の政策研究を担う国際機関「ERIA」に参加。


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